第7章 - 2 真実(4)

 2 真実(4)




 それが何かを二人は知らず、それでもしっかり気付いたようで、秀幸の腕から力が抜けて、美穂の顔にもまったく別の表情が現れる。

 二人はきっと思っていたのだ。

 ――あり得ない。

 ――だから、きっと空耳だ。

 ――こんな状況に、頭が混乱してしまっている。

 しかしその目に映る光景に、そんな思念も一気に吹き飛ぶ。

 優衣の唇が揺れていた。

 そうして続く静寂の中、それは震えるようにポツンと響いた。

「や……めて」

 その囁きに、二人の視線が絡み合った。

 ――聞こえたか?

 ――聞こえたわ?

 そんな感じを伝え合い、二人は一気に涼太の隣に陣取ったのだ。

「もう、やめ、て……」

 すると目を閉じたまま、優衣が再び声にした。

 二人は顔を歪めて、必死になって顔を上下に揺すって見せる。

 当然優衣にはそんな様子も見えないから、涼太が軽い感じで言葉にしたのだ。

「優衣、もうやめたって、だから、もう大丈夫だよ」

 この時だった。

 優衣の顔が見る見る崩れ、唇が再び揺れ始める。

「優衣、どうした? 苦しいのか? 痛いのか?」

 そんな声に押されるように、優衣の言葉が絞り出された。

「りょう、ちゃん?」

「そうだ、俺だよ、涼太だよ」

「りょう、ちゃん……」

 安堵するように、それはゆっくり吐く息とともにある。

 そしてそれから、優衣は必死に目を開けようとした。

 瞼を震わせ時間をかけて、なんとか眩しそうに薄目を開けるのだ。

 そうしてやっと、涼太の顔を見つめて言った。

「涼ちゃん、わたし……」

 吐き出す息に合わせるように、

「富士山が……見たい」

 それはさっきより幾分、しっかり声となっていた。

 それでも途切れ途切れの掠れた声に、涼太はなんとも返事ができない。

 きっと彼の隣にいる両親も、どう言ったらいいかを必死に考えているだろう。

 しかし今さら、

 ――元気になったらね……。

 なんて言葉は掛けられない。

 ――じゃあ、なんて言う?

 そう問いかけた時には決まっていた。

 見たいと言うなら見せるべきだと……、

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る