第6章 - 1 変化(3)

 1 変化(3)




 そしてもちろん、そうする理由はちゃんとある。

 しかしそれを伝えてしまえば、頑張る意欲が薄れる気がした。

 だから最初は、絶対に内緒にしようと思っていた。

 ところがすぐに、そうも言っていられなくなる。

「涼太くん、わたし、涼太くんの言ってること、ぜんぜんわからないから……」

 そんな言葉を最後に、優衣はとうとう涼太と反対方向を向いてしまった。

 そうなってからは、何を言っても反応さえしてくれない。

 涼太は一瞬、このまま帰ってしまおうかとも考えるのだ。

 しかしそうしてしまえば、優衣はきっとふさぎ込んだまま、こんな病室でたった一人過ごさねばならない。

 ――そんなの、かえって逆効果じゃないか……。

 そもそも、優衣のために考えたことだ。

 それで悲しませてしまっては、自分勝手な思い付きと変わらない。

 困った涼太は仕方なく、背を向けたままの優衣に向け、

 どうして、そんな高校に入りたいのか? 

 涼太にとって、それはどんな意味を含んでいるか? 

 そんな事実を話していった。

 涼太の言葉を聞き終えた途端、優衣はここぞとばかりに振り返り、素っ頓狂な声を上げるのだった。

「またあ! 嘘でしょ!?」

 それから黙ったままの涼太を見つめ、今度は一気に静かな声だ。

「それって、本当に本気? 涼太くん……」

「一応、本気なんだけど……ダメ、かな……?」

「ううん、そんなことない」

 ――すごく、嬉しいよ……。 

 そんな言葉が、涼太の眼前で囁かれた。

 そして次の瞬間、涼太の両目は大きく開かれ、そのままの数秒間、これ以上ないくらいに硬直してしまう。

 

 その瞬間、ベッド脇に椅子を並べて腰掛けていた。

 リクライニングを起こしていた優衣との距離は、顔と顔でほんの五、六十センチというところだったろう。

 そんな吐息だって感じる距離を、囁くような声と一緒に優衣の顔が近付いたのだ。

 それから数秒、二人の唇はほんのいっとき重なり合って、そんなまさしく同じ時、病室を前にして美穂が立った。

 間一髪で、二人の唇は偶然離れ、そうして数秒、目と目が合った瞬間だ。

 涼太が勢いよく立ち上がり、いきなり明るい声を出したのだった。

「とにかく俺、絶対に合格するから!」

 そう言い放ち、彼は扉の方に歩み寄る。

 そうして扉の取手に手を伸ばそうとした時だ。

 扉が勝手にスッと動き、いきなり美穂の姿が目の前にある。

 そこからの涼太は、どう考えたって普通じゃなかった。

 美穂は大いに呆れた顔を見せ、優衣もドキドキしっぱなしだ。

 それでもそう悪い印象ではなかったようで、そこだけは優衣も正直ホッとした……。

 ――でもどうして、あんなことしてしまったの? 

 嬉しかったのは間違いない。

 涼太の話す計画を聞いて、飛び上がるほど幸せな気持ちになれたのだ。

 そんな喜びのせいなのか……? 

 ふと気が付けばそうなっていて、なんでそうなったかなんて未だに謎だ。

 今になっても、

 どうして? 

 なんて思ったりすればするほど、

 治まりかけていた頬の火照りが、再び、舞い戻ってくるようだった。

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