第5章 - 4 富士山(3)
4 富士山(3)
「ここって……?」
そう言った後、次の言葉が出てこなかった。
「すごいだろ?」
涼太の声も、心なしか弾んで聞こえる。
そんなのを聞いてやっと、そこがどこだかはっきり知った。
「こんなにきれいに、富士山……見えるんだね」
「そうさ、こんなにきれいに、見えるんだよ」
――だから、きてよかったろ?
涼太は心だけでそう続け、優衣をゆっくり地面に下ろした。
そこはすでに、頂上を少し越えたところ。そしてこの時期にしては珍しいくらい、富士山がくっきりとした姿を見せているのだ。
そんな富士の山は、これまで目にした中でも徹底的に一番だ。
そう思ったままを、涼太が優衣に向け声にしようとした時だった。
唐突に、場違いな音が聞こえ届く。
――拍手?
慌てて振り返る彼の目に、嬉しそうな顔が次々映った。
満面の笑みを見せるハイカーたちが、明らかに二人に向けて手を叩き、喜んでいる。
当然、すぐに優衣も気が付いて、
何……?
という顔を涼太へ向けた。
しかし涼太とて知るはずもなく、二人はそのまましばし立ち尽くすのだ。
そうして固まっている二人とは裏腹に、そんな拍手は瞬く間にその周りへ広がっていった。
見ればかなり離れたところでも、嬉しそうに拍手する姿が現れ始める。
それらは間違いなく、呆然と立ち尽くす二人への、心からの温かい拍手だった。
しかし彼らの大半は、二人の事情など知りはしない。
きっと、なんらかの事情を抱えていて、少年は少女を負ぶってまで頂上を目指し頑張っている。
年老いた――きっと祖父母くらいに思っていたか?――ハイカーにリュックを預け、休憩を繰り返しながら諦めることなく登りきった。
途中多くのハイカーたちが、様々な思いを巡らせながら、二人を追い越していったはずなのだ。
そうして頂上にきてからも、彼らのことが心の片隅には残っていて……、
――やっときた!
――さっきのあの二人だよ!
再び二人を目にした時、きっとそんなふうに感じたはずだ。
それから誰かが手を叩き、思わず祝福を表現する。
するとそばにいたハイカーも、手にしていた握り飯やビールをかたわらに置き、進んでその誰かに見習った。
もちろんその最初とは、二人のリュックを手にした老人たちだ。
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