第94話


「ただいまー…美久いるかー?」


しーん…


「ん…?」


帰宅してすぐ、俺は異変に気づいた。


室内がやけに静かなのだ。


いつもなら俺が帰ると、美久が真っ先に駆けつけてくる。


だが、今日はそれもない。


「寝ているのか…?」


俺は昼寝でもしているのかと美久を探したが、美久は部屋の中にいなかった。


忽然と姿を消していたのだ。


「…っ!!まさか、誘拐…!?」


俺のいない間に、誰かがこの家に入って美久を攫って行ったのか…!?


そんな想像が俺の頭の中をよぎる。


とその時だ。


プルルルルル…


「…!?」


突然固定電話がなった。


思わず驚いてしまった俺は、恐る恐る受話器に手を伸ばして電話に出る。


「もしもし…安藤ですけど…」


『お前の妹を預かっている』


「…っ!?」


電話に出るなり、低い声がそう言った。


俺の頭に電流が流れたような衝撃が走る。


「どういうことだ!?お前は誰だ!?」


思わず受話器に向かって怒鳴ってしまった。


『俺が誰かなんてどうでもいい…お前、中級探索者なんだってな?』


「なぜそれを…?」


『金を出せ、そうすれば妹は助けてやる』


声の主は俺の質問に一切答えることなく、非常な声でそういった。


「か、金…?」


『ああ、中級探索者なんだから、たんまり溜め込んでいるはずだろ…?全部俺によこせ。そうすれば妹を解放してやる』


「わ、わかった…!金はいくらでもやる…だから、まずは妹の無事を確認させてくれ…こ、声を聞かせてくれ…!」


美久の命は何にも優先される。


俺は美久が傷つけられないように宥めるように男にそう言いつつ、美久の安否を確認しようとする。


『ああ、いいぜ…聞かせてやるよ…』


声がそう言った後、受話器から啜り泣くような声が聞こえてきた。


「うぅ…お兄ちゃん…お兄ちゃん…」


『美久!?』


聞こえてきたのはまごうとこなき美久の声だった。


よかった。


無事だったようだ。


俺はひとまず美久が生きていることに、心底ホッとする。


生きているなら…助けることが出来る…!


『お兄ちゃん…ごめんなさい…きゅ、急にこの人が家に入ってきて…』


『おい、余計なこと喋るんじゃねぇ!』


受話器の向こうで誘拐犯が美久を怒鳴っている。


「…っ」


俺は思わず力んで受話器を破壊しそうになる。


『お、お兄ちゃん…ごめんなさい…助けに来なくていいから…お金なんて渡さなくていいから…せっかく稼いだお金なんだもん…美久のためになんか無駄にしないで…』


『くははっ…いいねぇ…!美しい兄妹愛じゃないか…!!』


誘拐犯が嘲笑するようにそう言った。


『だそうだが?お兄様?もちろん、こんな可愛い妹を見捨てたりしないよな…?金を持ってこなきゃ、妹はお陀仏だぜ?』


「か、金なら払う…!だから、絶対に妹には手を出すな…!」


『オーケー。それでいいんだ。じゃあ、指示を出すぜ…今から俺が指定する場所に、有り金を全部持ってくるんだ…有り金全部だぞ…?ケチりやがったらタダじゃおかねーからな!!』


「わかってる…!全て持っていくさ…!」


『よし…じゃあ、今から場所を言うぜ…1時間後に指定の場所へ金を入れた袋を持って来い…遅れるんじゃねーぞ?5分遅れるごとに、お前の可愛い妹の指を一本ずつ削ぎ落としてやるぜ』


「…っ」


俺は怒りで我を忘れそうになる。


みしみしと手に持つ受話器が悲鳴をあげる。


ふぅ、ふぅ、と何度か深呼吸して心を平常に保つ。


その後、誘拐犯の男から金を持ってくる場所が告げられたのだった…


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