第70話
「お前…あの四ツ井財閥の令嬢だったんだな…」
「はい。そうです」
「…なんでこのタイミングで転校してきたんだ…?」
「命の恩人であるあなたに恩返しがしたくて、はるばる転校して参りました」
「…わからないな…恩返しがしたくてどうして転校してくるって話になるんだ…?」
「それよりも、私、安藤さんについてもっと知りたいです。趣味など聞いてもいいですか?」
「…一番重要なポイントをそれよりの四文字で流すなよ…」
言葉一つ一つに俺は気を遣って喋る。
なぜなら俺の隣にいるのは、あの四ツ井財閥のお嬢様。
ちょっとでも失礼があると何があるかわからない。
「はぁ…転校理由なんてそんなのわかりきっているじゃないですか」
「…な、なんだよ」
「あなたですよ、安藤さん。ダンジョンで助けていただいた時、私はあなたに恋をしてしまいました」
「はぁ!?恋!?」
思わず大きな声を出してしまう。
冗談かと思って横を見たが、四ツ井はいたって真面目な顔だった。
「ええ…仲間に囮にされ、置き去りにされて死の淵に立たされたか弱い私…迫り来る幾多のモンスター…もうダメと生を諦め、絶望に目を閉じた時、駆けつけくれたのがあなたでした」
「…ちょっと美化しすぎじゃないか?」
「いいえ。私にはあの時のあなたが物語の白馬の王子に思えたんです。だから…あなたに恩を返すと同時に、絶対に自分のものにすると決心しました」
「…そ、それでこの学校に…?」
「はい」
コクリと頷く四ツ井。
俺はゴクリと唾を飲む。
「ち、ちなみになんだが…どうして俺がこの学校に通っているってわかったんだ…?」
「お父様に調べるよう頼みました。お父様にできないことはありません」
「…あぁ、そう」
この子の父親はその気になれば、日本の政治すら簡単に動かせるほどの権力者だからな…
一人の高校生の個人情報を特定することぐらいわけないのだろう。
「安藤さん。あなたについて色々調べさせてもらいました。妹とお二人で暮らしていらっしゃること。今は中級冒険者として活躍していること。そして…そのほか眉唾物の様々な噂も耳にしています」
「…っ」
四ツ井がにっこりと笑う。
怖い。
本当に怖い。
この子は一体どこまで知っているというのだろうか。
「もちろん…このことは他言しませんよ。あくまで私と安藤さんの二人だけの秘密です」
そう言っていたずらっぽく片目を閉じる。
ちなみにだが…
俺と四ツ井はギリギリ周囲に聞こえない程度の声量で喋っており、じーっと固唾を飲んで俺たちの動向を見守っているクラスメイトたちには一切会話は聞こえていない。
だから、さっきからクラスメイトたちは俺たちの関係をひそひそと互いに噂している。
「ねぇ…四ツ井さんと安藤がめっちゃ中良さそうに喋ってるんだけど…」
「あ、あの二人どういう関係…?」
「おい…乞食って渾名がついてたような貧乏人と、日本一裕福な少女がなんであんなに至近距離で喋ってんだよ…」
「四ツ井さんは安藤を知ってる風だったよな…?接点はなんなんだ?」
皆好き勝手に自分の憶測を喋っている。
そんな様子を見て、四ツ井がくすくすと笑った。
「ふふ…みんなが見ていますよ…安藤さん、人気者ですね」
「誰のせいだよ誰の…」
はぁ、とため息を吐いた。
どうして俺の元にはこう、次から次へと面倒ごとが舞い込んで来るんだ…?
俺はただ目立たずに一介の高校生兼探索者として生きていきたいだけなのに…
「一つお尋ねしたいのですが、安藤さん」
「…なんだ?」
「安藤さんは今、付き合っている女性とかはいるのですか?」
「いない。いたこともない」
「そうですか!!では私が立候補し」
ガラガラガラ。
「うぃー、お前ら席につけー。授業始めるぞー」
四ツ井のセリフを遮るようにして教室のドアが空いて、1時間目の社会科の教師が現れた。
「ほら、授業始まったぞ。前をむけ」
「むー」
四ツ井は不満そうながらも、こちらに寄せていた椅子を元に戻して前を向く。
「ふぅ…」
危機一髪で難を逃れた俺は安堵のため息を吐く。
だが、今後このようなことがずっと続くのかと思うと重苦しいため息を吐かずにはいられないのだった。
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