第25話
間近へと迫ってくるモンスターの大群に対して、俺は火属性の最強魔法を使用した。
「インフェルノ」
そう唱えた瞬間、前方に炎地獄が体現した。
『ギャアアアアアアアア!!!』
『ギィイイイイ!!』
『ゴアアアアアアア!!!』
モンスターたちの悲鳴が周囲にこだました。
全てを焼き尽くす地獄の炎に、モンスターたちの侵攻は完全に止まり、百を超えるモンスターたちがなすすべなく焼かれていく。
ダンジョンの暗い通路は、炎によって明るく照らされた。
「すごい…!」
背後でへたり込んでいた実習生がぽろりとそう漏らしていた。
「「…」」
また監督者の2人は、あんぐりと口を開けて俺を凝視している。
やがて炎は収まり、生き残ったわずかなモンスターは引いていった。
辺りには黒焦げとなったモンスターの死体が残った。
どうやら無事にスタンピードを殲滅できたようだ。
もう襲いかかってくるモンスターがいなくなったことを確認した俺は、監督者の2人の元へと歩いていく。
「すみません。勝手な行動をして。でもこうするより他にないと思ったんです」
「「…」」
2人が無言でガクガクと頷いた。
「これで俺の評価が下がるなんてことはありませんよね?」
「「…」」
とんでもない、というように2人はブルブルと首を振った。
「では地上へ行きましょうか。彼は自分が担ぎますから」
俺はそう言って地面にへたり込んでいる実習生に手を差し伸べる。
「あ、ありがとう…」
実習生は恐る恐ると言ったふうに俺の手を取った。
「よければ担ごうか?」
「い、いや、大丈夫だ…」
震え声で断る実習生。
「た、助けてくれてありがとう…」
「ああ。無事でよかった」
「き、君は自分と同じ、実習生なんだよな…?」
「ああ。そうだ」
「す、スタンピードを壊滅させるなんて…き、君のスキルは強力なんだね」
「俺自身も、驚いている。実戦は今日が初めてだからな」
本当は自身の魔法の威力は十分に把握しているが、辻褄合わせのために俺はそう言った。
「は、初めて…ははは…」
実習生が渇いた笑いを漏らした。
「き、君みたいな人が、きっと将来上級クランに入るんだろうね…本当に、異次元だよ…」
「ありがとう?」
褒め言葉として受け取って、俺はお礼を言っておいた。
その後、俺はどこか上の空の実習生と、俺に対してすっかり恐縮した監督者2人とともに地上へと帰った。
そんなふうにして、俺は初日の実習を乗り切ったのだった。
「今日は本当にありがとう、安藤さん。感謝しますよ。あなたがいなかったら、あの実習生を見捨てることになっていたかもしれない」
ダンジョンを後にした俺たちは探索者センターと呼ばれる場所へとやってきていた。
この施設は、探索者が依頼を受けたり、魔石を換金したりするのに利用される。
「いえ。咄嗟にやったことです。勝手な行動をお詫びします」
俺は笑顔を浮かべながら監督者にそう言った。
本当は、簡単に人を見捨てるような人間が探索者に関わる仕事をやるな、と本音を言ってやりたかったが、監督者を怒らせてしまうと探索者になれない可能性があるためにぐっと堪えた。
「しかし、安藤さん。あなたはすごい…初日にしてまさかあそこまでスキルを使いこなすとは…スタンピードを殲滅するなんて実習生でなくとも前代未聞だよ…君は間違いなく将来、その名の轟くような探索者になるよ」
「ありがとうございます」
「それで…安藤さん。あなたにいいお知らせがあるんだけど」
「…なんです?」
「本来五日ある研修なんだが…今日一日のみに短縮しようと思う」
「えっ!?それはどういう…」
「どう見たって君は探索者になるレベルに到達している。もう実習の必要はないという判断だ」
「た、短縮って…そ、そんなことが出来るんですか…?」
「うん。なかなか利用されないけど、そういうオプションもあるんだ。だから…おめでと
う。安藤さん。あなたは今日から探索者だ」
そう言って監督者が一枚のカードを渡してきた。
「おおお!!」
俺の顔写真がプリントされたそれは…国に認可されたもののみが携帯を許される探索者カードだった。
「ありがとうございます!」
まさか実習初日に探索者にこんなことになるなんて思っても見なかった俺は、嬉しすぎてその場で踊り出したい気分だった。
「それからさらに耳よりの情報があるんだけど…」
「な、なんです…?」
「そのカードをよく確認してみてください」
「…?」
俺は監督者に言われ、自分の探索者カードを見る。
「え、中級探索者!?」
そしてあることに気がついた。
それは、俺の探索者階級の欄に、『中級』と記載されていたことだ。
探索者には三つの階級が存在する。
上から順に、上級、中級、下級であり、新規探索者は必ず下級からのスタートになる。
探索者は階級によって受けられるクエストの難易度も決まっており、実入りも全然違う。
故に全ての探索者が、より高い収入を求めて階級上げに躍起になっていると聞く。
「いきなり中級ってどういうことですか?下級からのスタートなんじゃ…」
「私の判断だ。君には確実に中級以上の実力がある。なんて言ったってスタンピードをたった一撃で撃退しちゃったんだからね」
「で、でも…」
「これも実は存在するオプションなんですよ。実習で圧倒的な実力を示した者には、中級探索者から始めることを許可する、って。今までこのオプションを利用できた実習生なんていないけど…あなたは十分このオプションの恩恵に預かれる人材ですよ安藤さん」
「い、いやぁ、それほどでも…」
ベタ褒めされ、思わず照れてしまう。
そんなに褒めても何も出ませんよ?
「だから、安藤さん。あなたは明日から中級冒険者として活動してください。それが冒険者界の…いや、日本の利益になる。ご活躍を期待してますよ」
「が、頑張ります…!」
監督者と握手する俺。
まさか実習初日で探索者になっただけじゃなくて、いきなり中級にジャンプアップするなんてな。
こんなことってあるか…?
夢じゃないよな?
「そ、それから最後に…」
「…?」
「きょ、今日…私が実習生を見捨てようとしたことは、で、出来れば内緒にして欲しいんですが…」
「あぁ…うん、わかりました」
「頼みますよ」
いや、それが目的かーい…
俺は最後の一言で監督者の意図を察して、がっかりしてしまった。
要するに、自分の汚点を隠したいから、俺に餌を与えたと…
まぁ、ちょっとうますぎる話だとは思ったんだよな。
結局は単なる保身のためだったということか。
しかし、俺に取ってはラッキーだ。
何せ明日からかなり難易度の高いクエストも受けられる中級探索者として活動できるんだからな。
こうなったらバリバリクエストを受けて金を稼ぎ、さっさと貧乏生活からおさらばだ。
「やったぞ、美久。棚ぼた的にだが、ついに兄ちゃんは探索者になったぞ!!」
俺は探索者カードを握り締めながら、軽い足取りで帰路についたのだった。
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