第111話 暗躍⑨

「てぇい!!」


 ヴェルティアの妙に軽快な声が発せられたが、放たれた一撃は凶悪そのものであった。


 ドゴォォォ!!


 あり得ない音が響くとミルケンは体をくの字に曲げた。ヴェルティアはそのまま肘を背中に落とそうとしたところでソールの斬撃が放たれる。


「おっと……」


 ヴェルティアは攻撃を即座に中断すると後ろに跳び距離をとった。


「危ないですねぇ〜。そちらの方が遥かに強いようですね」

「よく躱せたものだ」

「そこまで褒めてくれるのは本当に嬉しいですね〜。さぁ、もっとこのヴェルティアの偉大さを誉めてください!!」

「貴様……」


 ソールの声が一段下がり、明らかに気分を害したようであった。ヴェルティアの返答は煽りでもなく本当に敵からの賛辞に対して素直に返答しただけだったのだが、ソールにしてみれば侮られたように感じたのだろう。


「さて、そちらの方は私の相手になりませんので、あなたに相手にしてもらうことにしましょう」


 ヴェルティアはソールにビシッと指差すと高らかに宣言した。


「ヴェルティア様、あまり揶揄からかわないであげてください」

「そうだよ。いくら何でも可哀想だよ」


 ディアーネとユリが倒れ込むスティルの傍に立ち、ディアーネがスティルに治癒魔術を施し始めた。


「何を言ってるんです!! 私は二人がスティルさんの治癒をしやすいようにしているんですよ!! さぁデキる女という言葉を具現化した完璧な私を二人も喝采してください」

「後にしてください」

「お嬢、とりあえず喝采は後回しな。そっちの方が完全に怒ってるよ」

「え?」


 ユリの指摘にヴェルティアがソールを見やるとソールは怒りのあまり真っ赤になっていた。


「あれ? 顔が赤いですよ? ひょっとして体調がすぐれないのですか? これは困りましたね。シルヴィスならばこれ幸いと斃すでしょうけど、弱っている相手をぶん殴るのは弱い者いじめ・・・・・・をしてるようであまり気が進まないんですよね」


 ヴェルティアの言動は基本、明るくかつ嫌味がないために好意的に受け取られるのがほとんどなのだが、時と場合、そして相手によってはこれ以上ない煽りになってしまう。

 この場合のソールがまさにそれであった。ソールは神として天使や人間達に畏怖されてきた。そして神からもその実力に見合った敬意を受けていたのだ。

 ヴェルティアの言動はソールにとってある意味新鮮なものであったが、それが行為に結びつくことはなかった。


「ふん。下品な女だ」

「なっ、私はこう見えてもアインゼス竜皇国の皇女ですよ!! あなたの方こそ私の優秀さがわからないなんてレベルが低すぎます!!」


 ヴェルティアの抗議の声が発せられたところでソールが動く。一瞬で間合いを詰めるとソールは斬撃を次々と繰り出してきた。


 首薙ぎの斬撃から斬り返しの袈裟斬り、胴薙ぎへと続き、首、喉、腹への三段突きという目にも写らぬほどの速度で放たれる連撃であった。


 それをヴェルティアは見事に躱すが反撃することはできないと判断して、一旦距離を取った。


「お〜やりますね。まさか私が反撃できないレベルの攻撃を展開するとは思いませんでした。ひょっとして、あなたがソールさんですか?」


 ヴェルティアが手をポンと叩いて思いついたかのように尋ねた。


「私の名を知っているか……お前達は何者だ?」


 ソールは訝しみながらヴェルティアへと問いかけた。


「あ〜やっぱりそうなんですね……それじゃあ、暗殺の責任者として報いを受けてもらことにしましょう」


 今度はヴェルティアがソールへと襲いかかった。


 まるで瞬間移動をしたと思われるほどの速度でソールの間合いに飛び込むと右拳を顔面へと放った。


 凄まじい速度で放たれたヴェルティアの右拳をソールは上体を逸らして躱した。本来であれば体捌きで躱すのだが、ヴェルティアの右拳の速度が速すぎて体捌きを行うことができなかったのだ。


 ガシィ!!


 ソールが上体を逸らした瞬間にヴェルティアがソールの右手首を掴んだのだ。ヴェルティアはソールの右手首の関節を一瞬で極めた。


「く……」


 ソールは極められたことに気づいた瞬間にクルリとその場で宙返りすると着地と同時に左手に握った剣を振るう。


「おっと」


 ヴェルティアはあっさりと手を離すとまたも距離を取った。


「宙返りの途中で剣を異空間から取り出せるなんてやりますね」


 ヴェルティアはそういうとニヤリと嗤う。ヴェルティアの言葉はどう考えても上位者のそれであり、ソールとすれば不愉快なものであるが、ヴェルティアの実力を認めざるを得ないのも当然であった。


「お前こそ……本当に人間か?」

「え?私の一族は竜神族といいますので、竜神の血を引いてるんです。だから人間かと言われると違うとしか言えませんね。まぁ、そんなことは大した問題ではないですよ。問題は私とあなたのどちらが強いかということですよね」


 ヴェルティアは凄みのある笑顔を浮かべると闘気を増した。


「つ……」


 ヴェルティアから放たれる跳ね上がった威圧感にソールの頬に一筋の汗が流れた。

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