第103話 暗躍①

 ガタゴト……


 一台の馬車が王城フェイングルスを出た。


 既に夜の帳が降りており王都には街灯がともり、そこかしこで王都の民達が楽しそうに騒いでいる。


 軍規相ガルエルムは馬車の窓からその様子を見て顔を綻ばせた。ガルエルムの容姿は人間で言えば五十代前半というものだ。しかし、実のところガルエルムは魔術において容姿を自由に変える事が出来る。五十代前半の容姿をとっているのは、軍規相という地位に相応しい威厳を示すためである。


 ガルエルムは軍官僚出身であり、一官僚から地味に功績を立て魔王ルキナに見いだされ軍規相となったのだ。


 文官であるガルエルムは武官に軽視された時代もあったのだが、ガルエルムはそれらを事務処理能力により覆した。

 大昔に軍人達はガルエルムを軽視し侮っていたが、補給計画をガルエルムが行った際には余裕を持って軍事行動が出来たのに、ガルエルムが絡まない補給計画は至る所で無理が生じ、ギリギリの状況が多々出てきて、時には敗れるようになった。


 そして、ガルエルムがまた参加すると今度は余裕で勝つのだ。


 この結果を突きつけられれば誰でもガルエルムの実力を認めざるを得ない。またガルエルムは謙虚な態度を貫いた事もあり、ガルエルムを軽視することはなくなった。


 そして軍規相となったガルエルムは軍制改革を断行し、新しく八個軍団を設立し大きな権限を与えた。本来このような軍団は、中央の統制を離れて軍閥化する恐れがあるのだが、魔王ルキナという強大な統治者に逆らって独立しようなどと考える者はいなかった。

 ガルエルムはルキナだけであればこの八軍団を組織するようなことはしなかっただろうが、後継者であるキラトの実力を考慮すれば次代においても問題にならないと考えたのだ。


 また軍規相にガルエルムが就いていることを考えれば軍閥彼の恐れは限り無く低かったのだ。


「軍規相、随分とご機嫌でしたね」


 翌日の打ち合わせを終えたところでガルエルムの秘書であるレーザンが尋ねた。ガルエルムは人格は高潔でなおかつ公平公正を旨としているのだが、仕事中は一切機嫌の良い、悪いを部下達に見せる事は無い。だが、今日のガルエルムは明らかに機嫌が良かったように思えるのだ。


「ふむ……やはりそう見えたか?」

「はい。やはり王太子殿下がお戻りになったからですか?」

「もちろん、それもあるが陛下よりリューベが今日は我が家に来るという話なのだよ」

「なるほどミシューグラ軍団長閣下は、リーゼベル様の弟君でしたね」

「ああ、孫のソシュルはリューベに良く懐いておるからな」

「なるほど、ソシュル様の喜ぶ顔が見られるのが嬉しいと?」

「うむ。レーザンも孫が生まれれば気持ちは分かるというものだ。まぁ、レーザンの場合はまだまだ先だがな」

「そうです!! 私の娘はまだ三歳になったばかりですよ!!」

「ふはは、レーザンはとんだ親バカになったものだな」


 ガルエルムはそう言って笑った。娘が生まれる前のレーザンはギラギラとしており、研ぎ澄まされたような刃のような印象であったのだが、娘が出来てからは、柔らかくなった印象になったのだ。

 もちろん、柔くはあるが軽い訳ではない。鋼鉄と真綿で包んだようなもので、柔らかい手触りであってもズシリとくるそんな印象なのだ。


「軍規相、からかわないでください」

「すまんすまん」


 ガルエルムはそう言って窓を再び見る。馬車は王都の繁華街を抜けて住宅地へと入っていくところであった。


 中級官僚達が多く住まうこの区域ににレーザンの住居があるのだ。ガルエルムは翌日の仕事の確認のために、帰宅の際にレーザンを伴い、翌日の打ち合わせを行いレーザンを家まで送るという事をよく行っていた。


 それはガルエルムによる翌日の打ち合わせというだけでなく、レーザンに対する指導の意味も含まれていた。


 ガルエルムは将来的にレーザンに自分の後の軍規相に推薦しようとしていたのだ。もちろん現段階で軍の連中をまとめる力量はない。だからこそ、ガルエルムは指導を行っているのだ。

 ガルエルムの息子は文官の道を選ばずに研究者の道を選び、現在は教務院の研究機関で魔術の基礎理論を発展させるために研究をしている。新進気鋭の研究者として評価を高めている。

 ガルエルムは息子が研究者への道に進むことをむしろ応援した。ガルエルムにとって自分と息子の人生は別途のものであり、文官という道を選ばずとも、家族として歩むことは出来ると考えていたからである。


「王太子殿下が戻られて陛下も一安心であろうな」

「はい。我々にとっても殿下の帰還は喜ばしいことです」

「確かにそうだな」


 いつも通り……そう、いつも通りの日のはずであった。


 今夜がレーザンにとって敬愛する上司であり、師との最後の同乗となることをまだこの時、誰も知らなかった。

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