8

「母さん、これ、覚えてるか?」


 ダイニングでご飯をよそっている妻に、私はポケコンを見せた。


「あら……懐かしいわねえ。それ、占いのコンピュータでしょ?」


 あれから30年後の姿の泰子が、笑顔を輝かせる。


 そう。


 あの時、泰子は一時昏睡状態に陥ったものの、その後奇跡的に意識を取り戻したのだ。そしてその後は一気に快方に向かい退院した。


 後から聞いた話では、松崎は決して彼女を裏切ったわけじゃなかった。あの日彼の祖父が亡くなってしまい、彼は駅前に行けなかったのだ。だけど当時は携帯電話もなく、家に電話しても彼女の両親も出かけていて繋がらず、彼女に連絡を取れなかった。それで待ち続けた彼女が倒れる羽目になってしまった、というわけだ。


 結局それが元で松崎と気まずくなってしまった泰子は、彼と別れ……そして、私と何となくいい雰囲気になった。その後何だかんだで私達は結婚し、一男一女の子供をもうけ、今に至る。


 私は今でもあの時の私のプログラム……とも言えないようなものだが……が瀕死の彼女を勇気づけ、この世に引き留めたのだ、と信じている。プログラムにはそんな魔法じみた力もあるのかもしれない。そう感じた私は、プログラムを作る仕事に一生を捧げようと決めたのだ。


「なあ、母さん」


「なあに?」


「あの時の占い、みんな大当たりだったと思わないか」


「さあ……どうだったかしらねぇ」


 とぼける泰子の横顔には、しかし、幸せそうな笑みが浮かんでいた。


「なになに? 何のこと?」


 詩織が、興味津々といった表情で私と泰子の顔を交互に見比べる。


 いたずらっぽく笑って、泰子が応えた。


「うふふ……ひ、み、つ」

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ポケットの中の福音 Phantom Cat @pxl12160

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