第7話

 ハッとして依音は手を放したが、顔が赤くなっているのはそのままごまかせなかった。

「こんにちは、魔女さん。ご無沙汰しております」

 伊織はぺこりと丁寧にお辞儀をした。

「今日は、僕の練習の成果を見ていただきにこちらへ参りました」

「まぁ~、それは楽しみね!」

 そう言った後、伊織はカバンからタロットカードを取り出し、シャッフルし始めた。

 まるで手品でも始まるのかと思うほど、伊織はなめらかにカードをシャッフルしている。

 自分とは大違いだと驚きながら、依音は彼の手に釘付けになっていた。

「すごいわ!マジシャンみたいね!」

「あはは、ありがとうございます。シャッフルだけは上手になりました」

 そう言って笑う伊織の笑顔は、曇りのない眩しい光を放っている。

「最初は、バラバラ落として大変だったんです」

「そりゃ、最初から上手なら練習なんていらないのよ。でもね」

 母は、からから笑っていたが、次の瞬間真面目な顔になり言った。

「技術も大事。だけど、それをどう使うか、どう読み解くかよ。それにはたくさんの経験も必要」

 依音と伊織は、動きを止めて、母の言葉に耳を傾けた。

「深い心を持った人間になること。それがすべてよ」

「はい、ありがとうございます」

 伊織がぺこりと頭を下げた横で、依音もつられておじぎをした。

「形から入ってみたけど、やっぱりちゃんと中身を磨かなくちゃですね」

 ばつが悪そうに笑っていた伊織だったが、あの手つきはかなり練習をしたはずだ。

「そんなふうに楽しみながら練習するのも大切なことよ!君のペースで頑張ってちょうだい!」

 母は、からからと笑って伊織の肩にポンと手を置いた。

「めちゃめちゃカッコ良かった」

 依音が思わず呟いた言葉を、伊織は聞き逃さなかった。

「え?」

「あっ!?え、う、うん。カッコ良かったよ。い、伊織、くん、すごいと思った」

 目を逸らしたり、また目を合わせたり、忙しくあたふたしながら、依音は一生懸命に伝えた。

「そうですか?ありがとうございます」

「うん。また、練習の成果を見せに来てほしい、デス」

 もじもじしながら依音が言うと、伊織は柔らかい微笑みを浮かべた。

「もちろんです。依音さんも、ですよ。お互いに見せ合いっこしながらやりましょうよ」

 その方がやる気も出ますよね、と伊織は言って、ぺこりと頭を下げた。

「あ、そうだ。この間購入したクッキー。妹がおいしいと喜んでくれました」

 嬉しそうに伊織は微笑んだ。

 前回この店を訪れたとき、買っていってくれたものだった。

「まぁ~、ホントに?それは良かった」

「はい、なので今回もいただきたいんです。3つお願いします」

「3つも!ありがたいわ~」

 母はほくほくの笑顔でクッキーを棚から持って戻ってきた。

 何でも、今度は妹だけではなく、伊織の母や祖母にも食べさせたいのだそうだ。

「親孝行な息子さんを持って、ご家族は幸せでしょうね~」

 言いながら、母はあっという間に紙袋に入れた。

「とんでもありません。こういうことでしか感謝の気持ちを伝えられないだけで。僕は不器用なんです」

 時々こんなふうにサプライズをしてるんです、と言って少し照れながら会計を済ませ、伊織は店を出て行った。

 この後、塾に行かなければならないらしい。

 合間の時間を使って来てくれたようだった。

「行っちゃったね」

「うん」

 賑やかな時間が去ったあとは、何だか寂しくなる。

 特に、あんな華のある人物が来たあとだ。

 小さな店内が、妙にしーんとしているように思える。

「良かったじゃない。王子頑張ってるみたいね」

「そうだね。私も負けてられないなぁ」

 次はあんたが王子に見せる番よと母は言って、台所へと戻っていってしまった。

 母の去ったあと、また一人店内に残った依音は考えていた。

 タロット占いの練習は、誰のためにやっているのだろう。

 母のため?店を継ぐため?

 それとも、伊織との繋がりが切れて欲しくないためなのか。

(分かんないや)

 答えは出ないままではあったが、タロットの勉強を頑張りたいという気持ちは変わらない。

 いつか、そのうちに分かってくるのかもしれない。

 そう思いながら、依音はカウンターに置いた自分のタロット教本に視線を移した。

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