第65話 最後の悪足掻き

 傷つく彼女が見えた――

 それだけで、ボロボロの身体は駆け出していた――

 おおよそ動けるはずの無い傷でも――

 例え無理やり動き、傷口が開こうと――

 それでも、ボクの身体は動いていた――


「ランッッ!」



 ***



 自分を助けようとする彼が見えた――

 それだけで、手放そうとしていた意識がハッキリした――

 もう声を上げるほどの気力が残っていなくても――

 例え、それが無駄な体力を消費することでも――

 それでも、自分は彼の名を呼んでいた――


「ジー君……!」



 ***




 タマコに近づく龍は蒼雷を身に纏い、我武者羅に傷だらけの身体を突撃させた。


「――ッ!」


 タマコはランに放とうとしていた音撃サウンドの軌道を無理矢理に変更し、青龍の顔目掛けて飛ばした。

 だが、当たる直前に青龍はその姿を人型に戻し,音撃サウンドを避ける。


青龍之雷せいりゅうのいかづち!」


 人型に戻ったダークエルフ――魔王ジードは躱した直後に蒼雷を纏った嫉妬の魔剣レヴィアタンの斬撃を放つ。


音速移動ソニック!」


 タマコは音速移動ソニックを使用し辛うじて雷撃を避けるが、その結果ランと距離を置くこととなり、トドメを刺すことが出来なくなる。


 ジードはランの下へと駆け寄ると、その身体を抱き寄せた。


「ラン……ごめんよ」


 ジードは涙を流してランに謝罪するが,ランはそれに対し首を横に振った。


「大丈夫……ッスよ……自分こそごめんッス。また足引っ張っちゃって……」


「いや……君はよく頑張ってくれたよ」


「えへへ……ジー君に、褒め、られると、やっぱり嬉、しいなぁ……」


 今にも消え入りそうな声で話す二人。

 ダメージの量からしても、強制転移されるのは時間の問題だろう。

 タマコもそう考えて、無闇に二人の邪魔をすることはしなかった。


「……終わりか? タマコ」


 ジードが駆け付けてから少し経った頃、タローがタマコと合流する。

 ここにほぼ無傷のタローも加わったことで、ジードとランの勝機はほぼ無くなった。


「あぁ……もう逆転はないだろう」タローの問いに答えるタマコ。


「そっか……」


 タローvsジード。

 二人の戦いはタローの勝利で終わった。


 タマコvsラン。

 二人の戦いも、タマコの勝利。


 ジードもランも満身創痍。

 ランはサレンダー寸前。ジードはランより動けるが、技を一発撃てるかどうかというところだろう。


 あとは、二人が転移されるのを待つだけ――







「――まだだ」


 ジードはランを抱いたまま、静かな声でそう言った。

 優しくランを地面に寝かせると、ゆっくりと立ち上がる。


「無理じゃ。動けば死ぬぞ?」


理解わかっているさ……。けれどボクにも魔王としてのプライドがある……!」


 ジードはこの後に及んでもまだ闘志を失っていなかった。

 肩で息をし、足が震え、魔剣を構えるだけで精一杯のはずなのに。

 それでもジードは、最後まで立ちはだかった。


「――だったら終わらせてやるよ」


 今にも倒れそうなジードを前に、タローは魔剣を構えた。

 その気迫はまるで手を抜くことを感じさせない、本気そのものであった。


「……ありがとう」


 ジードは勝負を受けてくれたタローへ礼を言う。


「ジー君……」


 ランにはジードの気持ちが理解できた。

 タローの様子を見るとわかる。

 きっとジードの全力も、暴走しても、その身に傷一つ付けられなかったのだろう。

 モンスターの頂点――魔王が、人間一人に擦り傷一つ付けられなかった。

 その事実は、魔王の誇りを賭けるには十分な動機だ。

 だが、今のジードではそれは叶わないだろう……


 ――そう、一人ならば――


「――自分も……戦うッス!」


 そのとき、もう喋るのも限界だったはずのランが立ち上がった。

 フラフラの身体がまた倒れかけるが、ジードがその身を慌てて支える。


「無理をするな!」


「……ジー君、一緒に戦おう!」


「でも――」


 自分の身を案じるジードの手をランが握る。

 ジードの目を見つめながら、彼女は力強く頷いた。


「二人で勝とう――ジー君!」


 彼女の言葉に、もう一度涙を流すと、ジードも笑顔で頷いた。


「あぁ、わかった――」


 それは、ジードが決意したと同時だった。

 手に持っていた嫉妬の魔剣レヴィアタンが、突如として発光しだしたのだ。


 それは、まるで二人を祝福するような青い光――


嫉妬の魔剣レヴィアタン……そうか、力を貸してくれるんだね」


 ジードは何かを察すると、ランの手を握り返し抱き寄せた。


「ラン――二人で勝とう!」


「うんッ!」


 ランは深呼吸を一つすると、もう一度最大開放を発動した。

 ジードは嫉妬の魔剣レヴィアタンを天に掲げると――その技の名を叫ぶ。



「――青龍同化せいりゅうどうか――」



 青い光が二人を包み込む。

 光に照らされ、二人の影だけが濃くなっていく。

 しかし、異変は突如として起こった。


 二つの影は段々と重なっていき――やがてそれは、一つとなる。



「コイツは……」


「ヤバいのぉ……!」



 光が止み、そこに現れたソレを見て、タローとタマコはすぐさま臨戦体制に入った。


 二人の前にいるのは――ラン。


 だが、その風貌はまるで違っていた。


 頭には角が生え、手と足には鋭い爪。後ろには先端部が嫉妬の魔剣レヴィアタンとなった尻尾。


 その姿を一言で表すなら――龍人――


 龍人は閉じていた瞼を開けると、その青い瞳から蒼雷を迸らせた。


「「さぁ、最後の戦いを始めよう」」


 ランとジードの声が重なり合った声で宣言する。

 その気迫は、ジードのものとも、ランのものともまるで違う。

 まるで別人だった。


 だが、相手はこの程度で退くような常人ではない。


「おー、上等だ」


「やれやれ……一筋縄ではいかんなぁ」


 戦いは、ついに最終局面を迎える。

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