第64話 タマコvsラン(4)

 目の前が赤く染まっていた。

 頭の中で獣が殺せと叫んだ。

 理解わかっている。ここで意識を飛ばしてしまえば、確実に自分は負ける。

 暴走して倒せる魔王など存在しないのだから。


(ダメだ……もう――)


 最大開放発動から10分。

 この瞬間、ランは活動限界を迎えた。

 魔王タマコを追い詰めはしたが、倒すまでには至らなかった。


(……終わる? このまま?)


 ダメだ。

 自分はまだ何もしてない!

 ここで負けたら何もかもおしまいだ!


(――せ)


 ジードが頑張っているのに、自分が倒れるわけにはいかない。


(――覚せ!)


 殺意が湧くなら自力で抑えろ!


(――目を覚ませッッ!)


 欲望を殺し、愛で戦え――



「――負けるわけにはいかないんだぁぁああああああ!!」



 喉から血が出るほど叫んだランの瞳は、ゆっくりと赤から正常な色へと戻っていく。

 それと同時に意識もはっきりとしていき、精神を支配しようとしていた殺意が消え去った。


「こんなところで……終わらないッッ!」


 足に力を入れ、血が滲むほど拳を握りもう一度ファイティグポーズをとる。

 ランはこの瞬間、己の限界を突破した。


「さぁ決着をつけるッス! 魔王タイラント!」


 ランは再び闘志を燃やす。

 戦闘はまだ続く――かに思えた。



「……敵ながら天晴だよ、ラン・イーシン」



 その美しいまでの根性に、タマコも賞賛を送る。

 けれどランが逆転するには、あまりにも手の内を見せ過ぎていた。


 タマコは目にも止まらぬ高速戦闘中にも、データを取っていたのだから――


「――だが、勝利は譲らぬぞ」


 タマコはランと一度距離をとる。

 すると、今度は宙に親指以外の指で、4本の線の描いた。

 その4本線に黒弦刀の弦を這わし、のどかな音色を奏でる。


「――昏倒曲スリープ・トーン


 その音が奏でられると、途端にランを強烈な眠気が襲った。


(な、ん――)


 ランは四つん這いになりながらも、意識をなんとか保つ。


昏倒曲スリープ・トーン

 この曲は聞いたものを深い眠りに誘う曲。

 普段は聞いた者を眠りにつかせる術だ。

 そしてこれは、のである。


 そして、今のランは最大開放により、身体が人間よりもモンスターに近くなっている。

 よって――その効果はバツグンであった。


(や、ヤバい――)


 暴走状態から何とか意識を保ったとはいえ、そこから時間も置かずに精神攻撃を仕掛けられるのは酷だ。

 だが、それでも――


「んッ――がッッ!」


 ランは舌を噛み、無理やり意識を引き戻したのである。


「まだ……終わらな、い!」


「あぁ、だろうな――」


 しかし、これはタマコの予想通りであった。


「貴様なら、そうすると思っていたよ……」


 この状態のランは人間よりもモンスターに近い。

 だからこそモンスターに効果的な技を、に使ったのだ。


「来い――眷属召喚ダンサーズ!」


 タマコは自分の契約モンスターを召喚した。

 その数、10体。

 だがこれはまだ序曲だ。


暴走曲バイオレンス・ノイズ!」


 タマコは間髪入れずに空中に3本線を描き、次の曲を奏でた。

 この曲は、聞いたモンスターの闘争心を高め暴走させる。


「「「「「グォオオオオオオオ゛オ゛!!!」」」」」


 モンスターの眼光が赤く光り、殺意の赴くまま暴れ出す怪物へと成り変わる。


「う、うわぁああああ!!!」


 その音に、ランも反応する。

 連続の精神的作用はランの精神をさらに苦しめた。


「んぐぅぅうううッッ!! こんなもの――」


 ランはそれでも抗い続ける。

 タマコに勝つには、自分の意思でスキルを使いこなさなければならない。

 暴走してしまえば、勝機は失われてしまう。

 だがランはまだ気付いていない。


 その抗いこそが――タマコの狙いだということを。


「さぁ、踊れ眷属たち!」


 タマコは異空間収納から漆黒のバイオリンを手に取る。

 その名器の名は"ノワール"。


 漆黒のバイオリン“ノワール”と、漆黒の刀“黒弦刀”による終曲が始まった。


 10体のモンスターは暴走状態であるにもかかわらず、まるで訓練された軍隊のように隊列を組んだ。

 そして、モンスターたちは流れる動きでランを囲むように展開する。

 溢れる闘争本能と戦い苦しむランに、一体のモンスターが攻撃を開始した。


「がはっ!」


 一体がランを蹴り飛ばすと、その先にいた別のモンスターが攻撃。

 その攻撃を受けて吹き飛んだ先にいたモンスターがまた攻撃し……――


 それは、恐ろしい光景だった。

 10体のモンスターが一人の少女を嬲っいく光景は、まるで地獄絵図。

 途中まで上げていた悲鳴が発する暇もないほどランは痛ぶられていく。


 暴走したモンスターを操り、蹂躙させるその曲の名は――



「――猛獣達の円舞曲ワイルド・ワルツ



 およそ5分間、地獄の演奏は続いた。

 曲が終わり、モンスターは魔法陣へと帰っていくと、そこに残されたのはボロボロの少女のみだ。


「ぅぅ……」


 普通であれば強制的に転移させられてもおかしくないダメージのはずだったが、ランは攻撃中に自分の身体を変化させ、防御力をできる限り上昇させることで、致命傷を避けたようだ。


「本当に……見上げた根性だよ、貴様は」


 ランは強制転移させられてはいないが、それでも動けるほどのダメージではない。


「これで、フィナーレじゃ!」


 タマコはランにトドメの音撃サウンドを放とうとした。


 だが、そのとき――


 横から、巨大な青い龍が突っ込んでくるのが見えた。

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