第21話 強すぎるスズメバチ、蘇るミツバチたち(1)

 教会のシスターたちは一斉にタマコを取り囲む。

 手には聖水と十字架。どれも吸血鬼ヴァンパイアが苦手とするものであった。

 だがタマコは焦るどころか頬をポリポリ掻き申し訳なさそうな表情をしていた。


「私を滅したいのはわかるが、すまんのぉ」


 するとタマコはシスターたちの目の前から姿を消した。

 あまりに一瞬の出来事に困惑する一同。

 次に声が聞こえたのはシスターたちの後ろからだ。


「私は特異体質でのぉ――こういうのは効かんのじゃよ」


 振り返るとタマコは聖水の入った瓶と十字架を6個ずつ持っていた。

 シスターたちもそこで自分たちの手元に聖水と十字架が無いことに気が付く。


「い、いつの間に!?」


 警戒を強めるシスターたち。

 それを見たカイエンも応戦しようと一冊の本を袖から取り出す。


「ええい吸血鬼め! 聖書の力で滅してくれようぞ!」


 どうやら聖書も吸血鬼を祓うのに用いられるようだ。

 だが、さすがにそこでタローが割って入った。


「待ってくれカイエンさん。そいつは俺の使い魔だから……やめてくんない?」


 その言葉を聞きカイエンは驚くが、シスターたちを無力化はすれど手を出す様子の無いタマコを見て静かに聖書を袖にしまった。

 司教が戦意を治めたことでシスターたちも警戒を解いた。


「そ、そうでしか。いやはや申し訳ない……。

 近頃のワイト大量発生により、我々もモンスターに過敏になっていましてな」


 司教はそう言うと、教会の応接室にタローたちを招き、事の事情を説明してくれた。




 ***




「あれは三か月前のこと。この教会は三か月に一度この国のはずれにある墓地で鎮魂の祈りを捧げるのですが……そのときは異様な霧に包まれていました」


 三か月に一度捧られる鎮魂の祈りは現世へとどまる死者の魂を天に返すという大事な行事である。

 その日いつものように祈りを捧げようと数人のシスターと共に墓地へ向かったカイエン。

 しかし、なぜかその時は濃い霧が発生していたという。

 不思議に思いながらも進んでいくと、そこで蠢く影が見えたという。


「そして霧の中を進むと、そこにはワイトが発生していたのです……」


 その時のワイトは十数体程度だったため、カイエンとシスターらが祓った。

 結局その日は仕切り直し、また後日に鎮魂の祈りを捧げることになったのだが・・・。


「次の日も、そのまた次もワイトは現れました。

 それも段々と数を増やしてです……。

 街の兵たちとも協力していたのですが、とうとう抑えきれなくなり、こうして冒険者様へと依頼をする形へとなりました」


 カイエンらも頑張っているようだが、事態は深刻らしい。

 よく見れば司教とシスターたちは一様に目の下にクマができていた。

 おそらく連日戦っていたのだろう。


「んで気付いたら10万に増えてましたってか……チャンスだな」タローはニヤリと笑った。


「ちゃ、チャンス……ですか?」タローの言葉に困惑するカイエン。


「ワイト1体で100Gなんでしょ? お金があっちから寄ってくるなんてラッキーじゃん」


「まったくコイツは……」とあきれるタマコ。


 タローは立ち上がると出されたお茶を一気に飲み干した。


「1000万Gきっちり稼いで……俺は労働から早期リタイアしてやるんだ!」


 キメ顔で宣言するタロー。

 だがなんだろう。まったくキマってない。

 ポカンとする一同に、タマコのため息だけがその場に響いた。




 ***




 ――デメテール・墓地――


 時刻は深夜0時を回った。


 墓地には土魔法で作られた壁により覆われていた。

 ワイトが発生してから設置されたそうだが、そのおかげで上から俯瞰して見えるため、詳しく状況を把握できた。

 そこから見えたのは、土から這い出てくる骸骨たち。

 一体また一体と次々と増えていき、あっという間に壁の内側を満たしていった。


「ワイトは人間の怨念が宿った死体……だがここまでの数いると雑魚でもそれなりの迫力を出すものじゃのぉ」


 大量の骸骨が動いている光景はあまり気分を良くしなかった。

 以前に一度だけ数人の冒険者が来たが、そのときはその数に押し切られワイトの餌食になったそうだ。

 スズメバチ一体に数十体で迎え撃つミツバチのように、強者も弱者が100人以上で襲ってくれば命の危うくなるのだ。

 そんな大量ミツバチワイトの中に飛び込むスズメバチタローはというと


「……なんか金が歩いているように見えてきた(G_G)」


 やっぱり危機感は無いようで、それどころか目をGにするという文字通り金に目がくらんでいる状態だ。


「タロー忘れるなよ? あくまで魔剣を制御するための訓練じゃ。

 金に目がくらんで力いっぱい振って終わらせるなよ?」


「……訓練は嫌いだけど余計な被害を出さないためだ。今だけは頑張るとしようじゃないか。めんどくさいけど……めんどくせぇな、帰ろうかな」


「どんだけめんどくせぇんじゃ貴様は……」


 頑張ると言った傍からもうやる気がないタロー。

 仕方がない。学校の宿題も「今日は頑張ってやるぞ!」といって宿題を開いた瞬間、もしくはペンを握った瞬間にもう別のことをやっているような奴である。

 むしろここに来ただけ奇跡なのだ。


「はぁ……まーいいや。行ってくる~」


「行ってらっしゃい」


 手を振って送り出すと、タローも手を挙げて壁から飛び降りていった。

 着地するとワイトたちが一斉にタローに視線を向ける。


「んじゃ、稼がせてもらうよ!」

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