第17話 タローと魔王 (終幕)

「――っん…………ここは?」


 目を覚まして最初に目に入ったのは天井だった。

 自分の状況がいまいち掴めない魔王だったが、徐々に記憶がはっきりしてくる。


(そうじゃ……確か侵入者が来て、戦って…………それで――)


 記憶を遡り蘇る記憶の最後は、自分が拳骨を喰らったときだった。


「――っ!?」


 勢いよく起き上がる魔王。

 頭に強い衝撃が来てからの記憶はないが、唯一分かるのは自分が敗北したことだけだ。

 置かれた状況を確認しようとあたりを見回すと、横で件の侵入者であるタローが石を積み上げて遊んでいた。

 少なくとも彼は自分を殺すつもりは無いようだ。


「……おい、貴様」


 魔王が呼びかけると、タローは振り向く。

 すると、「大丈夫?」と言って近づいてきた。


「いや~ごめんね。ちょっと力入れすぎちゃったみたいで」


 ちょっと入れすぎて地面に頭がめり込むとはどうかしている。と思ったが言わなかった。

 それよりも気になっていることを口にする。


「なぜ私を殺さぬ。いくらでも機会はあったろうに……」


 魔王は挑まれ、殺される運命を背負っている。

 何年も君臨しようとも、その運命さだめは変わらない。

 それは自分が魔王になったときから覚悟していたことだ。


 だが、結果自分は殺されずにこうして情けをかけられている。

 それは殺される以上の屈辱だった。


「……殺した方がよかったの?」


「…………あぁ」


「本当に?」


「そうじゃ」


「本当の本当に?」


「そうじゃ……」


「本当の本当の本当に?」


「そうじゃと言っておるだろうが!」


 しびれを切らした魔王は声を荒げた。

 そんな魔王をタローはじっと見つめた。


「じー……」


「……」


「じー…………」


「……」


「じーーーーーーー………………」


「――っあーもう! 死にたいわけないわッ! 生きてこその人生じゃろうて当り前じゃろうが!」


 魔王、もといマリアはまた声を荒げた。

 先ほどと違うのは目に涙を浮かべていたことだ。

 まるでいたずらを認める少女のような顔。

 だが、猫を被らずありのままの自分の言葉だった。

 そんなマリアを見たタローは「だよね~」と言って微笑んだ。




 ***




「では貴様は使い魔を探しにこの地へやって来たのか」


 マリアが落ち着いた頃に、タローは全ての事情を説明した。

 話を聴いて漸く彼の「そこそこいい」の意味を理解した。

 そのうえで「言い方に気を付けい!」と注意する。

 タローは「メンゴ」と一言謝った。


 そしてタローはおもむろに立ち上がると、マリアに手を差し出す。


「お前はそこそこ強いやつだ。

 だから――俺の使い魔になってくれ!」


 真っすぐな瞳でマリアを見る。

 マリアは照れたのか顔を赤くして、すぐに顔を背けた。

 少しだけ心の準備をするためだったが、それを見たタローは断られたと思い「ガーン」とショックを受けていた。

 その姿に思わずクスッと笑ってしまった。


「私は敗北した身じゃ。弱肉強食の世界、元より断る権利はないよ」


 そう言うとマリアも立ち上がった。


「まったく……魔王を眷属なんて前例がないぞ?」マリアが言う。


「前例が無かったらやっちゃいけないのか?」何がいけないのかと問うタロー。


「フフフッ♪ 貴様はそういう男であったな」


 そして彼女は差し出された手をとった。


「喜んで、貴方の従魔として役に立ってご覧になりましょう♪」


 その顔は至極楽しそうであった。






 《魔王:タイラント=マリア=コバルト》がタローの使い魔となった。






 ***





 タローはその後、一人で魔王城の外まで来ていた。

 マリアは旅立つ準備があるため、城の外で待つように言われた。


 そして数分後にようやくマリアがやって来た。


「すまん。待たせたのう」


 タローはマリアの姿を確認すると、少しばかり驚いた。

 腰の位置まであった長い髪が、肩の位置までバッサリと切られていたのだ

 マリアはその表情を見て「あぁこれか」と説明する。


「普通、魔王は負けたら死ぬ運命じゃ。

 私もそれは覚悟していた。しかし私は生きている。

 ――というわけで、心機一転して新たな人生を楽しもうというわけじゃ♪」


 何だか憑き物が落ちたような表情だった。

 彼女もきっと心のどこかで、魔王という重圧に押しつぶされかけていたのだろう。


「じゃあ、行こうか」


「うむ。これからよろしくな、主殿あるじどの


「うん。こちらこそ」



 この機会に、自分の思うように楽しく生きて欲しいと願うタローだった。






 ***






 ――タイタン・ギルド本部――




 やぁ皆。ドラムスだ。

 久しぶりの出番で、オラわくわくするぞっ!!!


 ……いや、すまん。


 実は今朝からどうにも嫌な予感がしてならねぇんだ。

 なんか……ホントにどうしようもねぇんだわ……。

 もうどっかの戦闘民族の口調を真似でもしてねぇとやってらんねぇのよ。


 まあ、だいたい見当はついてるんだがよ?


 タローだよタロー。

 アイツが出発してから1週間以上経過している。

 タローのことだから生きてはいると思う。

 何も心配はしてない。


 だからもうすぐ帰ってくると思うんだ。

 そう、だからこうして受付で待ってるんだ。


 んで、この後の流れは予想がつく。

 どうせ、とんでもないモンスターを使い魔にしてるんだろうよ。

 そんで俺が驚いて今飲んでいるコーヒーを穴という穴から噴き出すとか、そんなオチなんだろうよ。


 そんなことになってたまるかっ!


 48だぞ俺は。

 そんなみっともねぇ姿はさらさない!

 作者の都合になんて合わせてやらねぇぞ俺ぁよ!


「そうだタローのことだ。俺の想像の斜め上を行くはずだ……」


 最初に予想したモンスターの上。

 となると、フェンリルやドラゴンか!?


「たで~ま~」


 おっと。

 ここでやけに気の抜けた声が聞こえたぞ。

 そんな奴は一人だけだ。

 俺は顔を上げた。


「おまたせ~」


 来たな、能天気空気読まず自分勝手奇想天外小僧がっ!

 いや、落ち着くんだ俺!

 ここでツッコミを入れたら終わりだ。

 そう、ツッコミを――あ?


 タローの横には目を見張る金髪美女がいた。


(だ、だれだ? この美しい人は!)


 その美しさにロビーにいた冒険者たちの視線も釘付けになっていた。

 彼女か?

 この1週間で彼女ができたのか?

 それはなんともうらやm……いやけしからん!

 まさかナンパに1週間使ったのか。

 ありえる。

 なんせコイツは能天気空気読まず自分勝手奇想天外小僧なんだから。


 俺は声を大にして、タローに詰め寄った。


「タロー! お前、ちゃんと依頼はこなしたんだろうなぁ?」


 少々決め顔をしながら言ってみた。

 別にアピールしてるわけじゃねぇけどな!


「はい。これユニコーンの角ね」角の入った袋をカウンターに乗せる。


(採ってこれたんかい!)心の中でツッコむドラムス。


「30本あるから」


(どんだけホームラン打ったんだよ! 遭遇率0.4%だぞ!?)


「へ、へぇ……だからこんなに時間がかかったのか?」


「着いたら目の前にいたよ」


(まさかの先頭打者ホームランじゃねぇか!)


 心の中のツッコミが追い付かなくなってきた。

 だが、まだ敗北じゃねぇ!

 俺はまだ正気を保っている。


「そ、そうか。ご苦労だったな。

 で、使い魔はどうなったんだ?」


 ここを乗り切れば俺の勝ちだ。

 大丈夫だ。心の準備はしてある――来い!


「ここにいるけど?」


「ど、どこだ?」


「横にいるじゃん」


「――えっ?」


 タローは隣の美女を指さした。


(まさかの人型かぁああああ!!!)


 チクショーその手があったか!

 だが、何とか平静を保てた。


「そ、そうかモンスターだったのか。まぁ人型もいるからなぁ……で、種族はなんだ?」


 落ち着かせるためにコーヒーを一口つけた。

 冷静になれドラムス!

 こいつの斜め上を行く行動から予測する。

 モンスターで人型と言えばドライアドやサキュバスなんかがいる。

 だが、コイツならこの程度すぐ上に行くだろう。

 つまりもっと大胆で奇想天外なやつ。


(ドラゴンの人型になった姿。あるいは何らかの神聖な新種のモンスターだ!)


 さぁどれで来るタロー!


「じゃあ自己紹介どうぞ」

「《魔王:タイラント=マリア=コバルト》じゃ。主殿の使い魔になった。よろしく頼むぞ♪」






「――誰が魔王つれて来るなんて思うかよぉあ!!」





 俺は飲んでいたコーヒーを穴という穴から噴射しながら驚き叫び散らした。

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