第122話 心当たりは

あらすじ 一ヶ月粘って巡ってきた機会が。


 逃げる?


 いや、あのヘリのコンテナは気になる。


「……」


 僕は壁との同化を解いて、無言のまま走り出す。見つけられたことは驚異だけど、相手の子供に強さは感じない。このキャンプは調べ尽くしてる。逃げて撒いて、戻ってくることぐらい。


「みなさーん! ここに忍者がいま……もご」


 背後から大声。


「ふざけんなっ!」


 引き返して子供の口を塞ぐのは反射的な判断だった。相手も不法侵入だと思うけど、すでに存在を疑われはじめている僕の方が立場が悪い。


 まず国際指名手配。


「お義父さん」


「……は?」


「はじめまして、お義父さん」


「なに言って」


「妹があんたの子だって言ってんの。わからない? 心当たりはいっぱいあるでしょ?」


 抱きかかえられて、特に抵抗する様子もなくこちらを見つめている顔は本気っぽかった。軽蔑と嫌悪がありありと見えて、初対面の女性ウケが好感触のことが多い僕の人生では珍しい。


「たぶん、指名手配で知ったんだろうけど」


 人の気配を避けて走りながら僕は言う。


「ママ活をはじめたのは半年前だ。心当たりが多いことは否定しない。でも、子供が産まれるのが早すぎることぐらいはわかる」


「妹の血から、あんたを追っかけてる」


 子供は冷静に答えた。


「それはどう……」


「魔女、の娘」


「ああ、そう、なの」


 問答無用の説得力だった。


 忍法で隠れていた僕を発見できた理由が明確すぎる。小美玉のキャンプ内にいることはくのいちとその関係者ぐらいしか知らないはずだ。僕を売る理由がない。魔法で見つかったと言われたら、納得するしかない。


 知らない間に魔女を抱いてたって?


 で、もう産まれてる?


「お母さんの名前、は?」


 クノ・イチってことはあるまい。


「ルピカ。私はキネン、妹はロコト」


「んん、そっか、あのママさんの娘さん」


 覚えてる。


 珍しい名前で、偽名だと思ってた。


 ほぼ六ヶ月前、はじめて間もない頃だ。でも、言われて見ると目の前の子供の丸めの顔の輪郭とか、少しキツめの細い目だとか、雰囲気も似ている感じがする。ママさんの方はかなり太めの人だった。すごい潰された記憶がある。


「お義父さん」


 冷ややかにキネンは言う。


「あの、それやめない?」


 やってきたことではあるけど、現実の重みとして実感するとキツかった。知らない間に自分の子供が沢山いるかもしれないって。


「いや。ちゃんとロコトの父親やって」


「ママさんの願いじゃないでしょ? わかんないと思うけど、僕たちはそういう約束で」


「子供あつかいしないで!」


「いやー……子供だよー」


 個人の事情のすべてを把握する訳じゃないけど、ママ活で子供を欲しがる女性の理由のほとんどは理想の伴侶を探すよりまず先に産みたいということだから、父親がだれかなんて知らない方がいいはずなのだ。


 愛のあるセックスなんてしてない訳だし。


「もう十歳だし、魔法も使える!」


「……」


 四つ違いか。


 あれ、僕の人生ってなんでこんなことに?


「キネンちゃんさ」


 自分を見つめ直すと死にたくなる。


「ちゃんやめて! 父親らしく呼び捨てて!」


「理想の父親像があるんだね」


 どうしよう。


 実の娘でもあんまり呼び捨てにする気になれないなと思ってしまうのは僕に父親になる覚悟が足りないということなのだろうか。


 そんなことより、ヘリが停止してる。


 プロペラの爆音が消えて、隊員たちが集まっていて、ヘリポートのある広場が明るく、なにかが起こっている。知らなきゃいけない。この変化を見逃すわけにはいかない。


「わ、かった」


 僕はキャンプの敷地の端まで来て、キネンを地面に下ろして立たせる。状況が状況だ。受け入れるしかない。


「今、やってることが終わったら行く。ママさんにも妹にも会いに行く。だからキネン。大人しく待っててくれるよね?」


 実際、父親であろうことは間違いない。


「……」


 ぷち。


「っ!?」


 キネンが手元から取り出した針が僕の指を突いた。血の滴が飛ぶのが見える。魔法だ。そう直感できる。くのいちもそうしたし、血を取ることには意味があるのだろう。


「ウソついたら、大変なことになるよ?」


 キネンは言った。


「それは」


「私の魔法」


 そう言って、キネンは暗闇に消える。


「……必ず、うん」


 気が重い。

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