第121話 悪い想像

あらすじ シンはくのいちに騙されている。


 すべての建物を調べ終えたのが三週目。


「……人間を隠す場所、なくない?」


 僕はまだ行き詰まっていた。


「調べ方が悪かった……? でも」


 忍者としての技能は得たけれど、潜入も調査もはじめての経験なので手順が間違っている可能性はある。そこまで自信はない。


 けれど、人間一人を捕らえて隠すってそんなに簡単じゃないはずだ。食事を与えるだけでも、作る人と世話をする人がいる。放置してるとは思えないからトイレや風呂だって必要だ。


 なにかしらの動きは現れるはず。


「キッチン、上下水道、人の出入り……」


 自作のキャンプ地図に調べたものは書き込まれている。見落としているものはないか、キャンプ内部で働いていると思われる人、200人程度の行動パターンもかなり追跡した。


 不審な点は見当たらない。


 軍隊というのはかなり時間に厳しく、毎日決まった仕事をこなしていることが多いようで、そうした流れから外れた動きをする人は目立つ。偉い人は行動に自由な裁量がありそうだけど、逆に自分のオフィスからあまり出てこない。


 外部に専用の場所が?


「……くのいちがここって言ったんだ」


 信じていいのか?


「あー、うん。そこを疑うと……」


 信じていいのか?


 疑念は膨らむ一方だった。


 タカセさんがここに捕まっているという情報そのものが違う場合はもう僕のやってることは完全な徒労だ。しかし、そんなことをさせる意味があるのかと言う別の問題はあると思う。


 騙したって得はないはずだ。


「……ない、よな?」


 わからない。


 悪い想像は膨らんでいた。


 周囲を見回す。


 忍ドロが飛んでいるような妄想。


 すでにくのいちはタカセさんを確保している。僕にウソの情報を渡し、キャンプを調査させ、その様子を見せている。なんのためかと言えば、僕が諦めるのを見せて、幻滅させるため。僕とタカセさんを引き離すために。


 くのいちのやることにしては回りくどい。


 そう思う。


 嫌なら殺す、そのくらいの女だ。


 僕に知られずタカセさんを確保してるなら、自分で殺して死んだことにするぐらいはしてもおかしくない。幻滅させて別れさせるなんて、そんな陰湿な嫌がらせをするとは思えない。


 思えないのだけど。


 僕は自分の妄想にとらわれて諦める決断ができなかった。タカセさんが見ているんじゃないかと思えばこそ、探すことを断念できない。探せる場所は探した。くまなく探してる。


 さらに一週間。


「……」


 流石に一ヶ月も経つとキャンプ内で侵入者の存在に気付いた様子がある。言葉がわからないので雰囲気だが、こっちを探す様子がある。


 食料を失敬したり、部屋のシャワーを借りたり、トイレを使用したり、入り込んでいる痕跡は僕が生きてる限り完全には消せないのでいずれはバレるのも当然だ。


 罠が仕掛けられた。


 監視カメラが増えた。


 警報装置が仕掛けられた。


 いよいよ僕はどうすればいいんだ。


 そう思っていた夜、輸送機は飛んできた。


 見たことのない形のコンテナをぶら下げたタンデムローターの大きなヘリだ。騒音には配慮している風のキャンプで、それはうるさく、そして目立ち、軍人たちの動きも変わった。


 なにかが起こる。


 やっと。


「見つけた」


 人影がふらりと出てきた。


「?」


 それは僕に向かって語りかけていた。


 忍法で壁になりすます。そんな古典的ながらこの一ヶ月だれにも見破られなかった僕の潜伏を気にする様子もなく、不意に現れて、壁を見つめて喋りかけている。


 おかしなヤツか?


 いや、キャンプ内にこんな子供いたか?


「バレてないつもり?」


「……」


 僕はそろそろと移動していたけど、見えないはずの姿をその二つの目が追っている。暗がり、ヘリの轟音。周囲に人の気配はあるけど、気付かれてはいないようだ。子供、僕より小さい。女の子かもしれない。


 フラットな体型に異性を感じないけど。


「カンダ・シンでしょ?」


 知られている?


 でも、なんで?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る