第103話 手出し無用

あらすじ くのいちが産んだヒトではない娘。


「どうした? シズクも入れ」


 湯船で力をぬいたクノ・イチは言う。


「クノさん寝ちゃうじゃないですか」


 シズクは遠慮する。


 想定外の出来事ばかりで疲れ切った心を熱い温泉で癒やしたい気分ではあったが、一方で状況を俯瞰するともう気を抜いている暇がない。


 深刻な問題が発生している。


「ああ。ここに住むようになってからは睡眠が足りているから眠らないぞ? わたしは働き過ぎだった。ミドリはどうしてる?」


 クノ・イチは知る由もない問題だ。


「大臣は相変わらず多忙です。クノさんに任務を投げられなくなったので、本当に……」


 孫娘が卵から孵りました。


「……クウちゃんのことは伝えましたか?」


 そんな報告をすることを想像してシズクは確認する。ありのままを説明する他ないが、そのありのままが最大の問題だ。


「ミドリ? だれ?」


 母の上で同じポーズの娘は知らないらしい。


「祖母と呼ばれて喜ぶだろうか?」


 クノ・イチは意外と繊細なことをつぶやく。


「どうでしょうか……」


 シズクは曖昧に答えた。


 家庭内の問題にまで首を突っ込みたくない。そこまで面倒を見る義理はなかった。カンダ・シンが誘拐されなければ、それこそ担当を外れる方向へ持っていくつもりだった。


「そぼ?」


「ははのははだ。わたしを産んだ訳ではないがな。形式上、そうなっている。いずれ会える」


 クノ・イチはクウの頭を撫でた。


「ははのはは」


 よくわかってない様子の娘。


「……」


 翼の生えた孫娘をいきなり紹介しない程度の良識はあったということらしいとシズクも察する。本人を目の前に外見的な特徴について語り合う訳にもいかないが、二つに結んだ卵の殻と同じ青の髪を解くと白い角らしきものが現れていたし、裸になるとキラキラとした鱗のようなものも見える。そしてなにより太ももと同じぐらいの太さで、毛のない尻尾があった。


「クウちゃんのことは、クノさんから大臣に伝えて貰うということでいいですか? 今日は、シンくんの話をするために来たので」


 シズクは話題を変えることにした。


「わかった」


 クノ・イチも同意する。


「シンくんが、国際指名手配になりました」


 そして本題に入る。


「なにをやったんだ?」


「それについては……」


 幼女の前でする話ではない。


 ママ活の件は追跡の間にすでに判明していたが、クノ・イチには伝えていなかった。不特定多数の女性を妊娠させるためにセックスを繰り返しているという事実に対して、どんな反応が返ってくるかわからなかったからだ。


 暴れられたら止められない。


「……任務に戻られる段階でお伝えします」


「?」


「本来は今日、任務に戻って頂くつもりでしたが、事情はわかりましたので、クノさんがその気になるまで待ちます。いつまでも待ちます」


 その気にならないでくれと思っていた。


「いや、言ってくれればわたしとクウは……」


「クウちゃんを任務に連れていく気ですか?」


「むろん」


 母は娘をぎゅっと抱く。


 離れたくない?


「無論じゃないですよ! 子連れでやる仕事じゃないでしょう!? ダメですからね! ともかく、あの、警察が動いてます。シンくんを追って。つまり、こちらが下手にシンくんの身柄を押さえられないということです。いいですか?」


 シズクは早口でまくし立てる。


「……引き渡しの必要があるということだな」


 クノ・イチは理解していた。


「はい。外交的な問題になります。蔵升島も国の法人です。追跡に関して協力を要請した人たちもいますので、隠蔽は不可能と考えるべきです。故に、手出し無用にお願いします」


 シズクは土下座して懇願した。


 もうそれしかすることができない。


「……」


 クノ・イチは反応しなかった。


「お願いします!」


 勝手に動かれても止められないのだから。

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