第66話 あたしはニコのお姉ちゃん

あらすじ くのいちは問答無用。


 河川敷に出る。


「……」


 タカセは周囲を見回した。


 夜だったが歩いている人影は見える。


「巻き込みたくはないけど……」


 裸のまま危険を知らせるのは現実的ではない。


 むしろ人を集めかねない。


 だが近場で有利な場所は限られている。


 都心ではないが、東京では尚更。


 なにもない場所でも忍魂によって泥を発現させることは出来るが、土と水があればより大きな泥を操ることが出来る。物質を操ると被害として残るのが問題だが、クノ・イチ相手では気にする余裕がない。


「えほっ、えっ」


 ニコは泥を吐いてむせていた。


「急に泥の中を泳がせたし、苦しいと思うけど、時間がないから質問に答えて? 大事なことだから……ニコとクノ・イチの関係は?」


「げ、ごほっ」


 咳き込みながら頷いた。


「うぇ……僕、本当は男で……ニコなんて名前じゃなくて、くのいちは、僕のことが好きで、恋人になれって、そしたら女にされて……ごめんなさい。騙すつもりじゃなかったんです。おねえちゃんのこと巻き込みたくなくて……」


 喋りながら、泣き出した。


「……?」


 タカセの頭にはまず内容が入ってこない。


 あまりにも脈絡がなかった。


 男だった?


 ただ、嘘は言っていないだろうこともわかる。クノ・イチは頭のおかしい女であり、頭がおかしいが故にパターンが読めない。そういう経験はいくらでもしてきていた。それ故のリアリティはある。


「だから、僕を置いて逃げて、ください」


 ニコは嗚咽を漏らしながら言う。


「なんとか、うっ、おねえちゃんが逃げられる時間をなんとかします。僕が、恋人になるって言ったんです。ちゃんと……大丈夫ですから、たぶん、僕がちんちん出して、セックスしたいって言えば、それなりに時間、なんとかなると思います」


「セックス……」


 タカセは空腹を思い出した。


 きゅうう。


 お腹の底が痺れるように熱い。


 目の前の少女がクノ・イチに食い物にされる。それは幼かったかつての自分が体験したものでもあり、少女の姿をした少年が抵抗する気力を奪われているものでもある。理解できる。その絶望的な力の前に、心を折られてしまっている。


「カンダ・シン、なの?」


 考えるより先に答えは導かれた。


「え? そうですけど」


 偶然ではなかった。


 探していた子供が、女に変えられていた。


 それで必要なことはすべてだ。


「なら、あたしが探してた子だし、なんであれ逃げるってことはない。ここで負けるなら、クノ・イチには永遠に勝てない。それだけ」


 タカセは地面に手をつき、忍魂を流し込む。


「そこで見てて、ニコ」


「僕はニコじゃ」


「ニコでいい。あたしはニコのお姉ちゃん」


 守る理由はそれで十分だった。


「ここが死に場所でいいのか?」


 クノ・イチが悠然と歩いて現れる。


 移動しなくなったことを察知して、おそらくは周囲に罠がないかを確認したのだとわかる。忍者としての基本だ。余裕は明らかだが、油断はしていない。するべきことはしている。負けないためではない。納得のいく勝ちのためだ。


 強者。


「あんたの、ね!」


 タカセは気圧されないように叫んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る