第61話 ワープマーカー
あらすじ シン=ニコが連れ去られて一時間。
「オオクス博士! どういうことですか!」
宿泊していた近場のホテルから科学博物館地下の三次研へと戻ってきたシズクは叫んだ。大問題だった。このことが知れれば、クノ・イチからの懲罰は避けられない。
大失態だ。
「いやぁ、申し訳ないの、です……」
湯気の立つコーヒーカップを息を吹きかけて冷ましながら、宇宙人格科学者は言う。反省していないのは明らかだった。
「……少し目を離した間にこの通り」
室内のモニターには監視カメラが塞がれる一瞬に移った女の姿が繰り返し流されている。同時並行的に室内のPC画面上では国内の該当者リストとの照合が行われているのもわかった。
仕事をしていない訳ではない。
「忍者、ですか」
泥のようなものがカメラを塞いでいる。
なにもない空間からそれを発現しているのは忍魂かあるいはそれに類する力を持つ者であることはシズクの目にもわかった。
「そうなるの、でしょう。警察庁や防衛省、公安などのデータベースには該当するものがないの、です……へへ。クノ・イチ氏が独自で接触している敵対者はどうしてもアップされません」
オオクスは言う。
「生かして帰しませんから、クノさんは」
ただ相手が女で、若ければその限りではない。
「顔を隠してない……?」
十代後半、若作りの可能性もあるが、もっと幼い頃にクノ・イチが適当に遊んで見逃したと考えればむしろ納得できるぐらいだった。忍者の子供には甘い、という傾向もある。
「自信があるの、でしょう……あるいは宣戦布告のつもりか、忍法で顔を作っている可能性もあるの、です。ただ、彼を害する気はなく、追跡自体もクノ・イチ氏さえ戻れば問題ないはずなので、あせらなくともいいの、では?」
「シンくんの安全だけを考えれば、そうです」
シズクは言う。
「問題は! 私が! どうなるか!」
それしか本音はない。
「……清々しいの、です」
コーヒーをすすった。
「皮肉をありがとうございます!」
カンダ・シンの心配をしていない訳ではないが、生物兵器を隠された少年であり、生命の危機が訪れれば例の殺意が目覚めるであろうことを考えるとそこは重要ではない。
仮に生物兵器が暴走する懸念を考えれば一般市民への被害を考えるべきだったが、クノ・イチの担当という職務の特殊性を考えれば、その責任でシズクが仕事を失うことも考えられない。
優先すべきは自らの身の安全だ。
「殺されるかも知れないので!」
薄情ではない。
「……です」
オオクスも頷いた。
「なにかクノさんが戻るまでにシンくんを取り戻す手がかりはないんですか? 困るんですよ! 死にたくないんです! あの人の気まぐれで死にたくはないんですよ!」
「……あくまで推測なの、ですが」
シズクの必死さに笑みが消える。
「ここの存在を把握し、セキュリティを突破できる忍者となれば個人ではなく、一定の組織性はあるはずなの、です。クノ大臣との敵対関係を洗うのがいい、でしょう……」
「それですね! それだ!」
冷静な意見だった。
クノ・イチに敵は多いが、国がバックについてもいる。隠れる理由がない本人を追う手段はいくらでもあるだろうが、三次研へと繋がるような情報は別方向からでなければ手に入らない。
「あと、これを」
そう言ってオオクスは白衣のポケットに手を突っ込み、薄い四角形に内部の円が浮かんだ、連なるパッケージを手渡してきた。市販品とは思えない白地の素っ気ないものだが、だからといって
「なんです? これ」
「e忍者スーツのワープマーカーなの、です」
「……」
シズクは理解した。
「もっと……なにかなかったんですか?」
「事後を考えると使い捨て、でしょう……へへ」
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