第26話 なんの乾杯ですか?

あらすじ くのいちは風呂に入ると寝てしまう。


 ぐるぐると壁が城を囲んでいたが、双子は当然のようにそこを走って飛び越えたし、僕もバンドを使ってその後につづいた。入り口はよくわからなかったが、ほとんど屋根を越えて天守閣にざっくりと入れてしまう。


「履き物はそちらで脱いで、どうぞ」


 シズクさんが既に待っていた。


「酒っ、酒っ、酒っ」


 サーシャさんはぽいぽいと靴を脱ぎ捨て、板の間の上に一段高く並べられた畳に上がり、アーシャさんがその靴を苦笑しながら並べる。


「どうも」


 それを見ては僕も靴を並べて行儀よく上がらざるを得ない。畳の上には大きな座卓があり、箸とグラスが並べられていた。オレンジジュースと、ビール瓶、葬式みたいだ。


「忍法ウェイトレス!」


 アーシャさんが言うと、ひらひらのドレス風のシルエットを模した人影のようなものがゆらりと立ち上がり、その場から散った。


「……」


 忍法ってやっぱりなんなんだ?


「まったく、ワシを待たせてからに」


 それに気を取られた一瞬で、上座に音も煙もなく現れたのは僕より幼く見える女の子だった。ただ、くのいちとは違う、黒の忍者らしい忍者装束を来ていて、その髪の毛は光沢のある白だった。


 肌の色も服の色でやたら白く見える。


 ただ、黒目だけ灰色。


「若さにかまけて快楽に耽る。のう?」


 僕を見て偉そうだった。


 たぶん、忍法アンチエイジングとかだろう。


 流れ的にそういうことだ。


「こっちゃこい」


 そして手招きした。


「はぁ……」


 僕はシズクさんを見たが、頷かれた。


 言うとおりにしろってことね。


 上座の隣に正座する。


「イチはその辺に寝かせておけ」


「はーい。お師匠様」


 師匠、やっぱり若くないらしい。


「オババ、乾杯、乾杯や!」


 双子は割と乱暴にくのいちを放り出す。サーシャさんがパンと手を叩くと。卓上のコースターにひっくり返されたグラスが一気にひっくり返り、自動的に栓を抜いたビール瓶がグラスにぴったりの泡を作って注ぐ。


「このウワバミ娘たちは……ほれ、乾杯」


「「かんぱーい!」」


 双子はグラスを手に取り一気。


「乾杯……」


 シズクさんも一口目を飲んでいる。


「ほれ、乾杯せんか」


 僕にはオレンジジュースが勧められた。


「乾杯」


 頷いて応じる。


 運動と風呂で喉が渇いてなかったかと言えばそんなことはない。車中で飲み食いもしてきた。今更ここで毒を盛られる理由もないだろう。


「でも、なんの乾杯ですか? これ」


 甘いジュースだ。


「おぬしの歓迎にきまっとるじゃろ?」


「歓迎されてるんだ」


 意外だった。


「てっきり、厄介者なのかと……」


 オレンジジュースがしょっぱく感じる。


「つらかったのう?」


 ぽんぽんと僕の背中を叩いた。


「……」


 ぼろぼろと涙が止まらない。


 シズクさんも双子たちも、そんな僕の顔をじっと見ている。その表情は穏やかで、優しい。その景色が歪んでぽたぽたとグラスに落ちていた。ずっと心細かった。気を張って、緊張で保っていたそんなさみしさが溢れてくる。


 親に捨てられて。


 知らない女の恋人にされて。


 逆らったら解剖とか言われて。


「厄介者というならイチの方じゃ。ワシらは、それをわかっとるよ。こうして、寝てくれている間しか口にはできんがの」


「……」


 さらっと言ってるけど、怖い話だった。


 安心とは違う涙も出てくる。

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