第3話 忍者ボケ

あらすじ 好みでなければ殺されていた。


「では、シンは頂いていく」


 くのいちは僕を小脇に抱えて母に一礼した。


「可愛がってやってください」


「むろん、わたし好みに育て上げる」


「ちょ、ちょっと待って!」


 母さんとくのいちのやりとりは、保護猫を譲渡するよりも雑だった。身元のわからない忍者、飼育環境も未確認、そして僕本人が手足をじたばたさせて嫌がっても見ないふり。


 虐待されたらどうする!


 いや、すでに性的に虐待された後だ。


「シン、母さん、再婚したいから」


「……はぁ?」


 どうやら見捨てられた。


「子連れだとなにかと、ね?」


 身勝手に。


「シン。お義母さんのためだと思え」


「待って! 僕、まだなにがなんだか……」


「忍法ハネムーン!」


 ドアを開けてくのいちは飛び出した。


 夜になっていた。


 アパートの二階の廊下からそのまま外にジャンプ、空中を走り出すに至って視界には薄い雲に広がる月の光。それは幻想的だった。捨てられて、拐かされて、どこへ連れて行かれるかもわからないのに、僕は空へと駆け上がる浮遊感と、遠く離れていく街の灯りに昂揚感すら覚えていた。


 子供っぽい。


 そう思いながら、忍者ってスゴいと。


「後ろを見ろ」


「え?」


「あれが追っ手の尖兵だ」


「……」


 くのいちの言葉に背後を見ると、月明かりの空を黒く染める鳥の大群があった。たぶんカラスだと思う。かなりの距離があるのにもうバサバサ羽ばたく音と、カーカーという鳴き声が重なり合って重低音の圧をかけてくる。


「な、にものなんですか」


「忍者の敵と言えば?」


「……え? よくわからないですけど」


「魔女だ」


「まじょ……?」


 くのいちは音もなく空中を蹴り、大きな歩幅で雲の上まで駆け上がると、今度は水平に走り出す。空気が薄くなるかと思ったけど、不思議となんともない。これも忍法の効果なのか。


「……ツッコミ待ちなのだが?」


「意味がわかりません」


「忍者と魔女が敵対しているのは常識か?」


「ボケたんですか?」


 常識じゃないだろうとは思ったが。


「むろん、君に愉快な気持ちになってほしい」


「……え」


 誘拐されてるのに愉快になれって?


「あのカラスの群れの下にいると発見される。そういう魔法だ。カラスを見たら気をつけるように。このように上空を走れば補足されないが」


 くのいちは僕の反応を察したみたいだった。


「このように上空を走るのは難しいな」


 誤魔化すように説明に切り替える。


「これから、僕はどうなるんですか……」


 忍者ボケを笑う余裕なんて僕にはなかった。


 カラスの大群を見て現実的な恐怖もある。


「それは」


「見つけたぞクノ・イチぃっ!!」


 それは僕らよりさらに上からの声だった。


 長い棒の先に四角い影。その上に立ち、髪と長いスカートをなびかせる姿はぐんぐんと接近してきて、走りつづけるくのいちに併走した。


「殺したガキを……ん? 生きてる?」


「ああ、わたしのダーリンだ」


「……」


 これもボケだと思いたい。

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