隠してください!くのいちさん

狐島本土

第1話 著名な暗殺スポット

あらすじ カンダ・シンは十三歳。


 天井に女が立っていた。


「……なに、してるんですか」


 自分の部屋のドアを開けて目に入った光景が現実かどうか疑わしかったけれど、僕は辛うじてそう問いかけた。他人の部屋の天井に立つ人間だ。まともな返答には期待していない。


「待機していた」


 ほら、おかしなことを言っている。


「ここ、僕の部屋なんですけど」


 不法侵入で、不審人物。


「むろん、知っている。カンダ・シン。君の護衛をするために待機していたのだからな。わたしはクノ・イチ。以後よろしく」


「忍者……?」


 僕は女の姿をまじまじと見る。


 両腕を組み、その大きな胸を強調するかのようなポーズで脚を揃えて天井に垂直に立つ全身を包むぴったりとした深紅のスーツ、口元を隠すように巻かれた長く黄色いマフラーは裾が床に垂れていて、ポニーテールの黒く長い髪も重力に従ってまっすぐ床に届きそう。切れ長の大きな目には、透明感のある赤い瞳が印象的だ。


 目立つ。


「そうだ。見ての通り、忍者だ」


 そして堂々と肯定した。


「そうですか」


 見ての通りなら変なコスプレなんだけれど、僕はいちいち否定するのも面倒だった。部活上がりで疲れていて、腹も減っていて、訳のわからない人の相手をする気にはなれない。


「あの、トイレ、行っていいですか」


「むろん、構わない。君の家だ」


「どうも」


 警察、呼ぼう。


「……」


 トイレに入って鍵をかけ、座り込む。


 落ち着け、いきなり危害を加えられてはいない。不審人物に理性があるうちに解決を図るのだ。母さんはまだパートから帰っていない。先に仕事場に連絡すべきか一瞬考えたが、警察が先でいいはずだ。あとは籠城して。


「ズボンを下げて、便器の蓋を開けないと用は足せないぞ? 大丈夫か? あとトイレでスマホをいじるのは衛生的にいかがなものかと」


「うわあああ!」


 天井にまた立っていた。


「なんで!? なんで中に!?」


 狭いトイレの中で、それはほぼさかさまの顔と向かい合う形だった。背の高いくのいちだ。いや、そんなことはどうでもいい。鍵はかけたぞ。ドアだって入る時に開けて閉めただけ、どうやって紛れ込んできたんだ。


「忍法だ」


「忍法!?」


「忍法ショタコン。狙った少年のおはようからおやすみまでを徹底的に追跡する。言っただろう。わたしは君の護衛だ。守るために監視もする」


 くのいちは犯罪的なことを言った。


「トイレの中ですけど!?」


 護衛が言葉通りの意味だとしても僕にはそれを拒否する権利があるはずである。少なくとも、トイレはプライバシーが最も尊重されるべき場所のはずだった。


「トイレの中は著名な暗殺スポットだ」


 話にならなかった。


「なんで僕が暗殺されるんですか!?」


「そんなことより、シン。ズボンを下げろ」


「え、勝手にベルトが」


「忍法スエゼン。ズボンとパンツは脱げる」


「や、やめ」


「ほほう! そうきたか!」


「ちょ、見ないでください! ズボンが鉛みたいに重いんですけど! くのいちさん! くのいちさん! くのいちさん!」


「恥ずかしいのか? ならば、わたしも」


「なんでそっちも脱ぐんですか! 隠してください! くのいちさん! 隠して!」

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