第20話 これって事件ですよね?(3)
宿泊先は、ホテルのツインルーム。ベッドはシングルだ。ふたりでベッドを前に立ち尽くしている。
「ベッドシングルなんですね、今どき。せっかく広いベッドで寝られると思ったのに」
「予約のとき確認しなかったんですか」
久保田さん、自分で予約しておいてケチをつけている。
「ダブルベッドが当たり前だと思ってたので見落としたみたいです。ヨーロッパでは、ひとりで泊まる場合でもダブルベッドのツインルームが当たり前で、料金がすこし高いくらいってだけです」
「土地が高いからですかね」
「貧乏性なんでしょ」
「ダブルの部屋にすればよかったですね」
表情が読めない。沙莉が久保田さんの部屋に泊まるときは、シングルベッドに二人で寝ているわけだけど。
「それで、どうやって死体を消したんですか」
「おれがやったわけじゃありません。相内さん、せっかく旅行にきて事件の話なんて、ロマンチックじゃないですよ?」
「なん、だって?久保田さんにロマンチックじゃないと指摘されるだと?世界はこれで滅ぶんですか」
「人類最後の夜ですか、どうやってすごしたいですか。やっぱりおいしいものいっぱい食べるんですか?」
「ロマンチックはもうどこかに旅立ってしまいましたか」
「ああ、そういえば、ここからは見えませんね」
久保田さんは額に平手をあてて遠くを見るポーズをした。沙莉は抱きつく。
「相内さん、おれはロマンチックさんじゃないですよ。もういなくなりました」
「ロマンチックはみんなの胸の中に住んでいるのです。それに、何度か抱っこしてるじゃないですか」
「エッチな気分になりましたか?」
「そんなんじゃありません」
スリッパで久保田さんの足を踏みつける。
ベッドの端にならんで腰かけた。抱っこは離さない。
「事件のこと、教えてください」
「うーん。口止めされてるんです」
「わたしも口止めしますよ」
「封じるの間違いじゃないですか」
「え?」
「そういう物理的なものじゃないですよ。男同士で気持ち悪いじゃないですか」
「あ、それゲイの人を差別してますか」
「なかなかむづかしいですね。ブスの人とキスしたくないといってもいいんじゃないですか?」
「ダメですよ。ブスの人が傷つくじゃないですか」
「じゃあ、相内さんとはキスしたくありません」
「殺します」
「たとえばの話です」
「それで」
「いや、キスしたいとかしたくないとかいうのは、個人の自由じゃないかと思うんですけど」
「はあ」
「それって、相手次第ですよね」
「はあ」
「そうしたら、こういう人とはキスしたくないというグループわけがあってもいいんじゃないですか」
「ブスグループがあると」
「おれには美人に見えないだけですけど、グループの名前はブスだと」
「オブラートからはみでてますよ」
「まあまあ。で、男というグループもあるわけです」
「男でも、女の人みたいに美人だったら?」
「うーん、もとが男だと思うと嫌ですね。相内さんはどうなんですか」
「いまは久保田さんのことを尋問してるんです。わたしのことは聞かないでください」
「それはヒドイ。不平等だ」
「不平等ですよ」
「開き直りましたね」
「攻めと受けです。間違った。攻めと守りです」
「けっこう好きなんですか」
「なにがですか」
「芸大の人は、オタクがやっぱり多いんですかね」
「なんのことですか」
「シラを切るつもりですか。ボーイズ?」
「ラブ」
「あからさまな罠にまんまとかかりましたね。好きなんですね。大好物なんでしょう」
「たしなむ程度ですわ」
「大酒飲みと同じ反応なんですね」
「一緒にしないでください」
「おれにそういうのを期待しないでください」
「わたしは気にしませんよ?相手が男性なら、焼きもち焼きません」
「やっぱりベッドのマットレスの下に隠してるんですか」
「一人暮らしですよ?堂々と本棚に並べてます。って何言わせるんですか」
「まったく興味ないですけどね」
「興味もっていきましょ。今度貸しますね」
「お断りします」
「食わず嫌い」
「はい、食べ物じゃないと思ってるやつですね。カブトムシの幼虫とか」
「もう、たまにはわたしの希望をかなえてくれてもいいじゃないですか」
「なにを望んでいるんです?金子さんにアニキとかいってベタベタしろとか?それを見て、男同士なのに、金子さん奥さんがいるのに、とか言って妄想をふくらますわけですか」
「なんだ、わかってるじゃないですか」
「キッパリお断りします。そろそろ離れてもらっても?」
「まだダメです。事件の話聞かせてください。事件のせいで久保田さんを取られたんですよ、説明の間は埋め合わせです。恨みごと聞く約束です」
「事件の話はですね。たぶん明日の新聞に載ります」
「待てません」
「口止めを、もとにもどりますね。えーと、話さない約束になってるんです」
「わたしにもですか」
「相内さんにもです。グンマに帰ったら話します」
「指取りますよ。いや、かわいそうだから、かわりにキス。したらいいじゃないですか」
「どういうことですか。もう抱っこしてるのに」
「抱っこしたら、次することは決まってるんですよ」
「ここでストップでお願いします。なぜそんなことにこだわるんです?粘膜どうしをくっつけるだけですよ?」
「久保田さんこそこだわってます。それに、舌をからめてレロレロですよ」
「そんな激しいやつですか。そういうのは付き合ってる人同士がするものです」
「付き合ったらいいじゃないですか」
「もしかしたら、手にはいらないから執着しているだけかもしれません。手にはいってしまえば、本当に欲しいものではなかったと気づくんじゃないですか」
「それが怖くて、わたしを受け入れないってことですか」
「怖いわけじゃありません。相内さんを心配してるんです」
「でも、臆病なんでしょ?」
「相内さんに愛想つかされるのが怖いわけじゃないですよ。相内さんに大きな影響力をもってしまうのが怖いってことです。人生を無駄にさせてしまうのが怖いんです」
「それならもう遅いんじゃないですか」
「そんなことありません」
「ということは手に入れてみればわかるじゃないですか」
「おれに執着するのが、気のせいということですよ」
「ほかの人と付き合ってみろってことですか。そうすれば、わたしは久保田さんのことなんか好きじゃなかったことに気づいて、その人と幸せに過ごせるって思ってるんですか」
「まあ、そんなところです」
「この言葉を久保田さんに送ります。くそったれですよ。あと、ビーエル本はいいですよ?」
「それは受けとり拒否します」
やさしげな笑顔だった。
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