第19話 これって事件ですよね?(2)

 警備員に連れられてスーツの男が二人やってきた。なんだか物々しい雰囲気。アトリエのドアが開いた。室内が見える。やっぱり死体が消えている。

「どういうことなんですかねぇ」

 アトリエの中で警察官が首をひねっている。となりで学生も、はぁと気のない返事をする。新しく入ってきた人物に気づいた。

「お疲れさまです」

 警察官がスーツの男たちに敬礼する。スーツの男が刑事なのだ。二人組で行動するというし。

「現場はここか」

「それが。まあ、どうぞ。おはいりください」

 警察官が場所を開けてスーツの刑事を部屋の奥に招き入れる。学生も警察官と同じ方向によけた。ドアが閉まる。きっと、中で死体が消えたと説明しているのだろう。やれやれ、さっきの刑事の態度を見ていれば、次の展開が読めるというものだ。

 ガシャーンと大きな音をたててドアが開いた。刑事が一歩アトリエから出て、中を振り返る。

「おれはな、忙しいんだ!ふざけるな!死体が消えただと?寝言も休み休み言え!学生のお遊びに付きあってられるかってんだ!」

 面白いほど予想通りの展開だ。あきれてしまう。グンマの川田さんという刑事とは大違いだ。それに、日本の大阪の人のシャベリではない。江戸っ子?みたいな。それにしても、現実にこんなシーンが展開されることがあるのか。演出過剰なドラマを見ているみたいだ。

 刑事が目の前を通り過ぎようとしている。

「あの、アトリエの中で人が倒れていたのは、わたしたちも見ました。そのあとドアに鍵をかけているのも、さっき警察の人がきたとき、床にだれも倒れていなかったのも見ました。学生のお遊びなんかじゃないと思うんですけど」

 刑事が足を止めて沙莉をジロリと見つめる。

「誰だ?お前。じゃあ、なんでさっきまであったものがなくなるんだ」

「さあ。仕組みはわからないけど、起こったことはそういうことです。ここに残ってる人みんな見てたんだから、見間違いってこともありません」

 まわりの野次馬がうなづく。真理ちゃんは背中に隠れている。スカートが広がるから、どれだけ隠れられているかわからないけれど。

「とにかく、ここは警察の出る幕じゃない。ん?」

 スーツの男は上着の内ポケットを探って携帯電話を取り出した。野次馬たちの沈黙の中、着信音が響く。刑事が電話にでる。

「なんだ。いま現場だ」

 こんな話し方されたら、なんでもないといって切りたくなる。沙莉は背中の真理ちゃんをちょっと振り返った。

「はあ?そんなわけあるか!死体が瞬間移動したとでもいうのか。もういい!今から向かう」

「なんだっていってきたんですか」

 存在を忘れていたけど、相棒の刑事もいたのだった。

「消えた教授の死体が自宅で発見されたとさ」

「ああ、それで瞬間移動。よくパッと思いつきましたね。好きなんですっけ?超能力とか」

「アホ。テレポテーションくらい小学生だって知ってる」

「はあ、テレポテーションが瞬間移動ってことか」

「おれたちは引き上げる。あとで学長に抗議するからな。お前ももういいぞ」

 ちょうど室内から学生と警察官が出てきたところだ。あっけにとられている。刑事は沙莉を睨みつけて、大股で歩きだす。誰か足をひっかけてころばせればいいのに。期待通りにはいかなかった。

「あれ?なんかあった?」

 間抜けなことに、今ごろになって久保田さんがやってきた。

「どうしたんです?もう一通り見ちゃいました?」

 久保田さんの胸に顔をうずめる。あったまきた。この挑戦、うけてやる。ぜったい事件を解決する。久保田さんの名にかけて。あ、こっちか。真理ちゃんが言った金田一は。


 久保田さんはバナナの天ぷらにかぶりつく。目が閉じる。

「ん!これは甘い。天ぷらというか、シュークリームとかそんな方向の食べ物ですね。これはデザートだな。後にまわそう」

 沙莉は疲れ果てていた。怒りのせいで。

「あはは、バナナはおやつっ。そんなの当たり前ですよー。焼きそば食べます?」

 真理ちゃんが沙莉越しに焼きそばのパックを渡す。沙莉はウーロン茶をすする。

「相内さん、食欲ないんですか?旅行中は食べられるときに食べておいた方がいいですよ?しかもタダなんだし」

 トレーからフランクフルトをつかんで乱暴に噛みきる。モグモグ咀嚼する。飲み込むと、胃が空腹を思い出した。さっきの刑事への怒りも手伝って、久保田さんの手からパックを奪って焼きそばもバリバリ食べる。久保田さんが話し合いからもどったとき、食券を手に握っていた。その食券で食料を調達したのだ。

「ふぉれへ、はんほはんひひゃっひゃんれふか」

「たいしたことなくて、教授というのは美術学科の教授だそうです。口止め料として食券をもらいました。あと、お茶とお菓子もご馳走になりました。茶道部なんだそうで、さっきの学生。それで、お茶室でお茶をいただきながら話しました」

「むーん」

「すごいね。沙莉ちゃんの話、久保田さんわかっちゃったんだ」

「はひぃれふ」

「ああ、こぼした。よく噛んで飲み込んでからシャベっていいんですよ」

 久保田さん得意のスルー。

「わたしも沙莉ちゃんみたいに言ってほしー。焼きそばちょうだーい」

 真理ちゃんに頭突き。頭の中でゴンと音がした。

「いったあー」

「シャー!」

 咀嚼された焼きそばを見せつけるように口を開けて真理ちゃんを威嚇する。

「もー、いったいなー。ちょっとくらいいいでしょー。てゆうか、きったなーい」

「シャー」

「まあまあ、お好み焼きもありますから、はいどうぞ」

 ネコパンチが久保田さんの手を直撃する。久保田さんが手をひっこめたから、お好み焼きのパックを奪って真理ちゃんに渡した。

「完全に敵にされちゃったー」

「なんかすみません」

「へへー、いいですよん」

 二人を交互に睨む。ごっくん。焼そばを飲み込んだ。

「それで、久保田さんが口止め工作されているあいだに死体が消えちゃったんですよ」

「そうなんだよねー。廊下で野次馬してて、アトリエから誰もでてこなかったのになー」

「しかも、あれって密室ですよ」

「密室っていうの?窓開いてたよ?」

「床のとこの小さい窓でしょ?鉄格子はまってたし、あそこ四階だよ?間違いなく密室だって」

 久保田さんが不快そうな顔になった。

「これはミステリですよ。密室から消えた死体。どういうトリックかな。その前に、発見時の様子が知りたいですね。久保田さん聞いてるんでしょ?教えてください」

 久保田さんの眉間に皺がよっている。

「口止め料もらったんだから、話せませんよ。相内さんだって食べてるじゃないですか」

「他人に話さなければいいんでしょ?口止めであって、耳止めじゃないんですよ」

「耳止めっていうんだ」

 真理ちゃんは黙っていて。シャーっ。

「発見したときの話だけですよ?」

 やっぱり聞いていた。

「大学祭がはじまる時間になっても教授があらわれなくて、アトリエに鍵がかかったままだったんです。それで警備員室で鍵を借りてきて開けたら、あの通りというわけです」

「ということは、昨日から、今日の朝にかけて殺されたんですね。わたしたちが到着したのは鍵が開いてすぐだったってことか。なんてナイスタイミング。やっぱり名探偵。で、教授の死体に鍵は?」

「さあ、ポケットの中を探ったわけじゃないから。床には落ちてなかったみたいですけど」

 なにか隠している。さっきから久保田さんは慎重に言葉を選んで話している印象だ。

「まあ、殺されたってことは確実だし、殺しについてミステリはないから、この際いいことにしましょう」

「しましょう?」

 久保田さんの言葉なんて聞こえない。そうしたら、考えるべきは死体消失のトリックだ。これに絞って考えるべきなのだ。殺しは普通の殺人。ミステリがなければ用はない。

「問題は、どうやって死体を消したかってことなんですよね」

 考える。アトリエを思い浮かべる。うん、閃いた。

「あれだ、足元の窓。あそこから死体を出したんだ」

「あの部屋、四階だよー?って、サリーが言った」

「窓の外に足場が組んであるんだよ」

「そんな思いっきりバレバレなのトリックにならないよー」

「でも、確認しなければわからないよ。大学祭なんだし、なにかなーと思ってもスルーしちゃうかもしれない」

「そうかなー。あー、ほらー、鉄格子はまってたよー」

「あれは、実は固定されてないんだなー。外からでもパカッて外せちゃうんだ。で、死体を外に出したあと、またパカッとくっつけられるの」

「うそっぽーい」

「じゃあ、天窓だ。死体の下にブルーシート敷いてあったでしょ。あれごと上に引っ張り上げるんだよ。ブルーシートの隅の穴に釣り糸通しておいてさ」

「釣り糸のトリックって、昭和より前じゃないのー。細い糸じゃ吊り上げるの大変だよー」

「じゃあ、中に人がいないように見えたけど、実は展示品の影とかに隠れてて、死体もどれかの展示品に隠したんだ」

「さっき見たときなにも見つからなかったよ?警察の人だってアトリエの中探してたっぽいし。そんなのなかったよー」

 警察が帰ったあと、死体がなくて警察に相手されなかったことだし、普通に展示がはじまった。真理ちゃんとアトリエ内の全部の展示をよっく見たけど、死体を隠せそうなところはなかった。久保田さんは興味なさそうだった。

「じゃあ、じゃあ、学生と警察官がグルで、ふたりで死体をボリボリ食べちゃったんだよ」

「うげー」

 お好み焼きを食べる真理ちゃんの手が止まった。

「サリー、今ほどサリーの友達になって後悔したことはないよー」

「なんでよー。ミステリだよ?わくわくするでしょうよ」

「学生と警察官がアトリエに入ろうとしてドア開けたとき、もう死体は消えてたんでしょー?」

「そうだった。ダメかー。新しいと思ったんだけど」

「サリー、謝って」

「なんでー」

「人がお好み焼きを食べてるときに、死体をボリボリとかいうからだよー」

「わかった、ごめんなさい。じゃあさ、人が隠れてて、ドアが閉まっているあいだに死体を解体して小窓から下に落としたっていうのは?」

「ぜんぜん反省してないねー。学生と警察がアトリエを調べたんだってー。だから人は隠れてないのー」

「じゃあ、小窓から出入りしたんだよ」

「四階だってー」

「梯子とか」

「鉄格子はずしたりハメたりしなくちゃいけなーい」

「えー。じゃあ、彫刻のフリをしてたとか」

「サリー、シュールすぎるから。話題をかえようよー。ランチの話題じゃない」

「ミステリが目の前にぶら下がってるのにー」

「目の先にニンジンつるされた馬か」

 久保田さんはツッコまずにはいられなかったらしい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る