第3話 ようこそ芸祭(2)

 真理ちゃんは高校時代の友達だ。日本の大阪芸大に通っている。日本の芸大は私立で、よって学費が高い。そのかわり競争倍率が低くなっている。真理ちゃんはグンマの芸大に合格する自信がないといって大阪芸大を受験した。もちろん合格して、今は二年生だ。

「サリー!ひさしぶりー」

「マリーも」

「今日は楽しみー。よろしくね」

 駅で出迎え、荷物をコインロッカーに預けて芸大へ向かう。真理ちゃんのファッションは、別の意味で芸大生らしくない。ロリータファッションだ。芸大生の奇抜なファッションとは方向性がちがう。普段着が芸祭で着る出店の衣装のようなものなのだ。ロリータファッションの場合、中身が伴わない人が多いように思うけれど、真理ちゃんの場合はファッションが外見を引きたてている。真理ちゃんはカワイイなのだ。キャリーケースも白だった。

「マリー、それなにロリ?」

「ホワイトロリータ。知らない?」

「お菓子しか」

「白ロリっていう人の方が多いかなー」

 一般人には大まかにゴスロリと認知されているだけだ。なにがゴスでなにがロリかもよくわからない。

「昨日はどうだったー?ラブラブできた?」

「ぜんぜん。衣装は見てもらったけど、ほとんど一緒にいられなかった」

 顔面にパンチをお見舞いしてしまったことは忘れた。

「せっかく一日目のサリーを貸してあげたのに、ダメだねー」

「うん」

 まったくダメだった。認めよう。

「咲名ちゃん、彫金の子なんだけど、世界がちがうんじゃないのっていわれちゃったんだ」

「たしかにー。水族館で働いてるんでしょー?学生とはちがうよ」

「そうかな。話してると、年上って感じはあるけど、それも時々だよ?」

「失敗をくやんでもしかたないよっ。つぎ頑張ればいいんじゃない?」

「そう思う?」

「うんうん、失敗に失敗を重ねてやっと満足のいく結果が得られるものなんだよー」

「そんなに失敗してたら、つぎがなくなるんじゃない?」

「そうともいうー」

「ぎゃふん」

「すごーい。はじめて人をぎゃふんといわせた!」

「わたしけっこういわされるよ、ぎゃふんて」

「サリー」

 真理ちゃんは心配そうな顔だった。

 ラインで連絡をとりながら、一緒になったり別れたりして芸祭を楽しんだ。彫刻の出店はメニューが飴とチョコだから、昼の時間に集中的に混むということはなく、凛ちゃんと交代でお店に詰めていた。

「芸大おもしろいね。なんでもありだー」

「うん、なんでもありみたい。壁画の先輩に金属彫刻教えろっていわれたし。その先輩、大人二人分くらいの高さのオブジェに壁画描いてたし。意味わかんなかった」

「壁画なのに壁じゃないんだ。ヘンだねー」

「もうこれなんて、絵なの?って感じだよね、わたしにはついていけない」

 目の前にあるのは、キャンバスにコンクリートを塗りたくって、乾くまえに錆びた釘と針金ををぶっさしたといった感じの、絵?だ。油画の展示なのに。それとも、これも油絵なのか?まさかね。

 真理ちゃんも人間はタイガイだけど、作品はすごい。すごさが沙莉にも理解できる作品を作る。つまり、目の前にあるような奇抜なものではない。もし真理ちゃんがグンマの芸大を受けたとしても、余裕で合格したと思う。いや、学科試験はわからないけど。

「サリーの彼氏に会いたいなー。水族館に行けば会える?」

「やだ、会わせたくない」

「どうしてー、いいじゃーん」

「もったいない。すりへる」

 すりへったらなくなってしまう。

「ねえ、うちの大学祭きてくれるんでしょ?」

「うん。十月の終わりだっけ」

「じゃあ、そのとき彼氏つれてきてよ」

「なるほど。すると泊まりですか?」

「泊まりでしょうな」

「うん、頑張ってみる」

「そのためにも一度お目通りしておいた方がよろしいのでは?」

「それはヤダ」

「けちー」

「けちじゃない」

 おかしくなった。久保田さんと同じようなやりとりをよくするからだ。

 真理ちゃんを部屋に泊めることになっている。芸祭二日目の作業終了後、駅で荷物をピックアップした。

「へー。サリー、けっこう片付いてるねー」

 部屋にものを増やさないように気をつけている。

「けっこうってなに?普通に片付いてるでしょう?」

「うーん。でも、なんというかー、粉っぽい?」

 テーブルの上を指でなぞる。見るまでもなくザラザラする手ごたえでわかるだろう。粉っぽいのだ。

「ごめん。木とか石とか削るとどうしてもね」

「部屋でも作品つくってるのー?ガッコウからもって帰って?壊れなーい?」

「ちがうよ。いまの粉はこれのせい」

 キッチンから箸をもってきて見せた。

「箸?つくったのー?」

「つくったっていうか、削った」

「すごい、縄文時代みたーい」

「縄文時代って箸つかってたの?」

「知らないけどー、なんとなく」

「贅沢な割り箸だと思って」

「うん、贅沢だー。二百円くらいの価値はあるねっ」

「マリーは箸つくったりしないの?」

「わたしは日本画だから。実習でモノをつくったりもするけどー、メンドクサくて好きじゃないんだよっ」

「おもしろいのに。こんど銀のスプーンつくるんだ」

「課題?」

「ううん。プレゼント」

「貴族の友達でもいるのー?」

「ちがうよ、誕生のお祝い。銀のスプーンを送ってあげると、将来食べるのに困らないっていう、言い伝え?おまじない?伝統かな?そんなやつ」

「赤ちゃん生まれるのー?」

「そうだよ。久保田さんの先輩」

「彼氏の部屋でモノつくったらー?あまり一緒にいられないっていってたでしょ」

「久保田さんちで?木を削るの?嫌われそうじゃない?作業してるところ見られたくないし」

「ツルの恩返しだー」

「ツルどころじゃないけどね。マスクして色気のない格好でエプロンまでして。全身粉だらけにしてさ」

「仕上げはよそでやればいいよー。ノミで削るところくらいまで」

「なるほど。久保田さんちに押しかける言い訳をつくるのか。天才とまではいわなけど、越後屋くらいだね、マリー」

「越後屋?せんべいつくってないよー?わたし」

「せんべい屋なの?越後屋って」

「たぶーん」

「でも、久保田さんちじゃないといけない理由をどうやってでっちあげるかね」

「久保田さんをつくったらー?」

「うーん、ツルが丸見えだね」

「じゃあ、部屋?」

「部屋、部屋にあるものか。レコードプレイヤー、水槽」

 すごい、やっぱりマリーに天才の称号を与えよう。

「マリー、クラゲだ」

「クラゲー?中華の?」

「ううん、生きてるの。久保田さんクラゲ飼ってるんだ、部屋で」

「かわってるねー」

「そう?水族館の飼育員はみんな飼ってるんだよ」

「うそー。わたしだったら、うち帰っても仕事してるみたいで嫌だなー」

「そんなことは問題じゃないよ。クラゲの彫刻をつくるっていえば、久保田さんちにいりびたってもおかしくないんじゃない?」

「水族館でやってくれっていわれそー」

「マリー、久保田さんの考えがなんでわかるの?きっと言う。でも、わたしがわがままいえば、いつも妥協してくれるんだ」

「大丈夫ー?そのうち愛想つかされなーい?」

「そうともいう」

 そうと決まれば、気分爽快。順番にお風呂にはいって寝る支度をした。

「マリー、エロいね」

 真理ちゃんの寝る格好はベビードール。下着姿よりもセクシーだ。

「そー?彼氏にこんな格好でせまったりしないの?」

「そんなことしたら逃げ出すと思う。普通のパジャマでも目をそらされちゃうんだ」

「へー。女性恐怖症?」

「ちがうと思う。くるぶしとか好きだし」

「フェチかー」

「フェチで女性恐怖症なんていないでしょう?」

「わからないけどー。まえの女?」

「それか、ほかの女に遠慮してるか」

「ライバルだー」

「そう。おなじ水族館の同期がいるんだ。ちょっとお姉さんタイプというか、姉御肌?」

「でもー、そういう人って、自分からアプローチできないでしょ」

「そうかな」

「たぶーん。男に甘えられないし」

「ダメだ。久保田さんが甘えそう」

「強敵だねー」

「だよね。で、マリーはそんな格好で男の子に迫ったりするの?」

「それは秘密」

「けち」

「けちではないー」

 昼間のお返しか。


 朝、真理ちゃんは高級割り箸で朝食を食べた。芸祭を楽しんだ。サンバを踊る人もいるけど、真理ちゃんも沙莉も踊りは好きじゃないから、端から眺めた。芸祭の最後にサンバを踊るというのは東京芸大時代からの伝統らしい。なぜサンバなのかは、失われた文明のように明らかではない。興味がないから知らないだけだ。

 真理ちゃんは二泊して帰って行った。どうせ暇だからしばらく泊まって行ってくれればよかったのに。大阪芸大の大学祭で再会を約束した。

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