10 レンリ、東奔西走

 ◆13




「わーお! なっつかしいー! レンリー、ほら、ほらほら」

「ちょっと、ガスパーさん。埃が舞うので振り回さないでくださいって」

「ごめんごめーん。ふえっくしょん!」


 砂埃渦巻く一室で、形も大きさも雑多な箱の山に埋もれる男たちの姿がある。

 ここは、ほとんど使われていない会社の倉庫だ。資料室の奥にある小さな空間で、主にレンリたちが魔竜討伐の際に使用した物がそのまま放置してある。社員の中では、ガラクタ置き場という名で呼ばれていた。なお、商品の在庫を管理している倉庫は別棟にあり、そちらは資料室と合わせて機械技師のアンナリーゼと事務員のシャルナが分担して管理をしている。


 レンリとガスパーは、オクトスレッドの精神汚染に対抗するべく、2年前に使用していた耐魔アクセサリーを探していた。

 全てガスパーの師匠の錬金師が作った物だ。彼の錬金の腕は一流で、ちょくちょくヘッドハンティングにやってくる者がいるとも噂されている。とかく寡黙な男で、真剣に錬金に打ち込む姿は、レンリも密かに憧憬どうけいの念を抱くほどである。


 一際大きな木箱の上に、色も形も様々な装飾品が丁寧に並べられていく。持参したハンカチで埃を拭い、最後に体裁を整えると、宛ら大衆向けのアクセサリーショップの陳列スペースである。

 ところが、その様を眺める二人の顔は冴えない。


「うーん……。駄目だな」

「全滅ですか?」

「たぶんねー」


 黄色い星の飾りが目を引くイヤリングをめつすがめつ眺めながら、ガスパーは、彼らしからぬ皺を眉間に刻んだ。


「やはり、手入れもせずに放置しておいたのがよくなかったんでしょうね」

「うーん、まあそれもあるかもしんないけど、どっちかって言うと寿命だよ」


 そう言うと、彼は諦めたようにイヤリングを置いた。よくよく見れば、どの品にも細かな傷や汚れが刻まれて、装飾品としての役割も果たせそうにはない。


「耐魔アクセサリーって言うのは、決まった状態異常を弾き返すもんだけど、耐久力はあんまりないんだ。元々の劣化も速いし、状態異常を防いだら、それだけ烈火が速くなるんだ。力がなくなった耐魔アクセサリーは付けてても何にもならないから、定期的に新調しなければならないのさ」


 台詞の最後をわざとらしい低温で締めくくると、自慢げににやりと笑う。伊達に錬金師をやっているわけではないと、内心で称賛しそうになったレンリを、ある疑問が引き留めた。


「もしかしてあなた、ここの物は全部使えないって、最初から分かっていたと言うことですか?」

「うん」

「なぜもっと早く言わないんですかー!?」

「うわあ! こんなとこでサザンフォレストはやめてー! 死んじゃうー!」

「杖で殴った程度じゃ死にません!」

「魔法が出たらどうするんだよー!」

「アルバード!」

「うぎゃーーーっ!!」


 深緑しんりょくの杖で癖のある金糸を狙うレンリと、折り重なった箱を蹴飛ばしながら逃げ惑うガスパー。無論、実際の詠唱はしていない。


「いい大人が何をやってるんだか。大体、掃除するのは私なんだけど」

「あいつら、まるで兄弟よね」

「分かる」


 小部屋から漏れ聞こえてくる騒音に、女子社員たちが顔を見合わせ微笑んでいたことなど、当人たちは知る由もない。





「こちとら今はそれどころじゃないのよ」


 レンリは、自警団の詰め所を一人で訪ねていた。エイミーガーデンの見張りをしていた晩のことについて、詳細な話を聞くためだ。

 自警団が如何に非協力的でも、魔法教会の名前が出れば、無下にすることはできないはずである。増してや、今回はこちらが尻拭いをしてやっている立場なのだ。


 ところが、妖精食い事件の情報提供を求めたレンリに、返ってきたのが先の返答である。前回妖精園で敵意をむき出しにしてきた女だ。よほど苛立っていると見えて、招かれざる客と見るや眼光鋭くレンリをねめつけた。

 これには、波風を立てることを好まないレンリも黙っていられない。日頃から気弱そうに見られるが、度を越えた理不尽に対しては口を噤んでいられないのが、レンリ・クライブという人間なのだ。


「あのう、こっちだって、突然の方針転換に戸惑っているんですよ。緊急事態だか何だか知りませんけど、少しは協力してくれてもいいじゃないですか」

「それどころじゃないって言っているでしょう!?」


 ヒステリックに怒鳴りつけ、目の前のテーブルを激しく叩く自警団の女。それでもレンリが引き下がらずにいると、限界まで身を乗り出し、息がかかるほどの距離で甲高い声を浴びせかけてきた。


「あのねえ! これからここに魔法教会のお偉いさんがくることになっているの。邪魔だから早く出て行って。ちっぽけな事件に構っている余裕なんてこれっぽっちもないのよ。お分かり!?」

「市民の安全を守る自警団の言うこととは思えませんね」

「何とでも言いなさい! それだけ私たちには余裕がないの。早くあいつを捕まえないと、自警団の権威は失墜よ。もちろん、あんたのところもね」

「捕まえる? 重罪人に逃げられでもしましたか」

「うるさいうるさいうるさい!! いいから出て行け!!」


 動揺から口を滑らせた女に冷ややかな視線を突き刺して、レンリは詰め所を後にした。


「街に侵入した脅威。一大事だと思うんですけどね」


 苛立ちを発散するように、大股で歩を進める。自警団と魔法教会が足並みを揃えるなど、まさに前代未聞だ。彼等は、それぞれに譲れない領域を持ち、時には自分の領土や権威を守るために論戦を交えるのだ。

 しかし、そんな矜持をかなぐり捨てても協力しなければならない事態だと言うのなら、それは紛れもない非常事態だ。

 この事態を看過すれば、自警団だけでなく、魔法教会にも影響が及ぶと、そう女は言っていた。いずれにせよ、オリエンス商会に被害が及ぶようなことにならなければいいと、レンリは切に願う。そうなった時に誰よりも翻弄されるのは、他でもない、彼女なのだから。





 レンリが思案に耽るうちに、いつの間にやら彼の足はエイミーガーデンの前で止まっていた。ミミアでウィルトンを呼び出すまでもなく、従業員と入り口で話し込む彼を発見した。

 彼に案内され、陽の入らない事務所の中へと通される。彼の顔色は、前回会った時よりも幾分か回復しているように見えた。


 ウィルトンは、少し生気の戻った顔で、現在のエイミーガーデンの状況について語り始めた。

 相変わらず閉園したままではあるが、従業員が代わる代わるやってきては、昼も夜も妖精たちの見守りをしていること。彼等が見張るようになってからは、犠牲者が一人も出ていないこと。しかし、夜中に妖精以外の気配を感じたと、従業員から報告があったこと。


「犯人の目星はついています」


 レンリの言葉に、ウィルトンは表情をぱっと明るくした。


「本当ですか!?」

「もちろん、現段階ではあくまでも推測です。まずは、犯人の侵入経路について考えてみたいのですが」

「それならば、こちらを」


 ウィルトンは、園内の地図を机の上に広げた。


「ここが出入口です。客はみんなここから出入りすることになっております。こちらは裏口。妖精や物品の搬入・搬出に使う場所で、普段は閉まっております」


 説明をしながら、対角線上にある二つの場所を指し示した。


「この2カ所は、自警団が見張っていたわけですね」

「まあ、当人たちはそう申しておりますがね」

「自警団は何人で見回りをしていましたか?」

「3人です。私はもっと人手が必要なんじゃないかと言ったんですが、侵入経路は2カ所しかないから十分だと」

「なるほど」


 憎々しげにウィルトンが吐き捨てる。


「この広さですからね。出入口以外の場所から侵入されたら、気がつかなくて当然でしょう」

「出入口以外? ということは、犯人は空を飛んで入ってきたとおっしゃるのですか?」

「その可能性もあると言うだけです」


 レンリの脳裏に閃いたのは、3つの可能性。

 一つは、出入口を破って侵入したところを自警団員が見逃した可能性。宵闇に紛れていれば、あるいは犯人が気配を消すことに長けていれば、考えられない話ではない。

 もう一つは、飛行して侵入した可能性。鳥型の脅威であれば、十分に考えられる。

 そして最後は、この園のどこかに身を隠していた、あるいは今も身を隠している可能性だ。レンリは、ウィルトンや従業員と協力し、一つ一つの仮説を検証していくことにした。


 一つ目の可能性はすぐに却下された。理由は、何と言うことはない。2カ所の出入口はウィルトンの手により十全に施錠されていたからだ。

 二つ目の可能性は、鳥類独特の羽毛や排泄物などが発見されないところからして、あまり現実的ではないだろうという結論に達した。

 ウィルトンに続いて園内を歩き、檻の中や建物の影などをくまなく見て周ったが、怪しげな気配を見つけ出すことはできなかった。妖精以外の生物と言えば、カルパドール中で大量発生中の蜘蛛が、道の端でうごめいていた程度だ。

 別の場所の調査を依頼した従業員たちが揃って首を横に振ったことで、最後の可能性もいよいよ潰えてしまったのであった。


「クライブ殿。何やら顔色が優れぬようですが」

「大丈夫です……。ご協力、ありがとうございました」


 茫漠とした疑念が頭の中に浮かんでは消えていく。この日一日の調査がほとんど徒労に終わり、疲労から何も考えられなくなったレンリは、逃げるように家路を急いだ。

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