第17話「一件落着」
「ケインさん。昨日はよく眠れましたか?」
「はい、おかげさまで」
本当に、ケインはぐっすりと眠れた。
こんなによく眠れたのは久しぶりで、それは普段の寝床よりもベッドが柔らかかったせいではないことだけは確かだろう。
恥ずかしい話だが、昨晩のことを思い出していけないと思いつつも、エレナさんを女性として強く意識してしまっている。
天使のように優しいエレナさんは、『双頭の毒蛇団』に狙われるケインを心配して自分の部屋に匿い、殺人の罪悪感に苦しんでいる姿を見て優しく慰めてくれただけだというのに……。
いかがわしい妄想をしてしまうなど、申し訳ないと思うケインだ。
しかし、ふと顔を洗おうと思って洗面所に入ると、女性物の下着が干してあったりして、どうにも意識してしまってしょうがない。
昨晩は「ケインさんは、紳士だから安心ですね」とまで言われてしまった。
その信用に応えるためにも、絶対にそういう雰囲気は出さないように気をつけるつもりだが……。
「朝ごはんは、私と一緒でいいですか?」
「あのー、エレナさんは、もしかすると俺がお金を持ってると思ってるかもしれないんですが」
この前の悪竜イビルドラゴンで得た六千ゴールドは、教会の借金を払うためにみんな使ってしまったと素直に告白するケイン。
「まあ、そうだったんですか。ご飯ぐらい一人分作るのも、二人分作るのも一緒ですから。ここに居る間の生活は、心配しないでください」
「そう言われましても」
「そんなことより、安全になるまで絶対に建物の外に出ないって、私ときちんと約束してください。お金を稼ぎに行こうなんて思っちゃいけませんよ!」
そう手を握られて真剣に言われると、「はい」と頷くしかない。
「絶対ですからね。今からちょっとご飯を作ってきますが、私がいない隙にケインさんが居なくなってたら私は泣きますからね」
「わかりました」
エレナさんに泣かれたら、ケインも困ってしまう。
その後、スライスして焼き直したパンとスープとサラダまで付いた朝食をごちそうになると、エレナさんはいそいそと仕事に出かける準備を始めた。
その間、自分はどうすればいいのだろう。
少し暇を持て余してしまうが、冒険者らしく道具の整備でもして、それでも時間が余れば植物図鑑でも読んでいようかと考えていると来客があった。
「ケイン、ケインはどこにいるの?」
「シルヴィアさん」
ハイエルフ特有の長い耳、今日はスカートが短い可愛らしい修道服でおめかししたシスターシルヴィアが訪ねてきた。
「ケイン、ありがとう!」
ケインは突然抱きつかれる。
「どうしたんですか、シスター!」
「ケインー! あなたはやっぱり、私の自慢の息子よ!」
シルヴィアは、飛びつかんばかりにケインを抱きしめて放さない。
こんなに強く抱かれるのは、もう二十年振りぐらいだった。
「いや、あの……」
「シルヴィアさん、ケインさんが困ってらっしゃいますよ」
コホンと、二人を見ていたエレナが咳払いした。
「ああ、ごめんなさい。そういえば、もうケインは独り立ちした大人だったわね」
「大人というか、おっさんですけどね……」
ケインは、さすがに苦笑する。
悠久のときを生きるハイエルフのシルヴィアからすれば、ケインはいつまでも子供に見えるのかもしれない。
「うふふ、でもちょっとぐらいいいじゃない。子供の頃のケインは、凄く甘えん坊だったのよ。私が毎晩抱いてあげないと、眠らないって駄々をこねて……」
「それって子供の頃の、もう三十年前ぐらいの話ですよね?」
ケインには、十五歳の旅立ちのときに別れを惜しむシルヴィアに強く抱きしめられた記憶はまだ残っているが、もう甘えてた頃なんてほとんど覚えてない。
「大人になったら私をお嫁さんにするんだって、もう何万回聞いたか」
「いや、それ何万回もは絶対言ってないと思うんですが、その話は、あんまりエレナさんの前では……」
知り合いの前で、親に子供の時分の話をされるほど恥ずかしいことはない。
エレナにクスクスと笑われてしまっている。
「そういえば、十三歳ぐらいから、ケインは私にあんまりくっつかなくなったわね。今から考えるとあれは」
「それより、本当にどうしたんですか!」
昔話で致命的なダメージをくらう前に、慌てて事情を聞くケイン。
「冒険者ギルドに、ケインがどこにいるのかと聞いたらここだと教えてくれたのよ。スネークヘッドを討伐したなんて、ケインがそんなに強くなったなんて、私も知らなかったわ」
「スネークヘッドを討伐!?」
ケインは、エレナさんの方を向く。
ちょっと確認してきますと、エレナは慌ててギルドの方に行った。
「ケインさん! どうやら、本当らしいですよ。ギルドの職員がすでに確認済みだそうです。昨晩の未明、何者かによってスネークヘッドを始めとした『双頭の毒蛇団』全員の首が晒されたそうです」
「おお、それは良かったですね」
誰がそんなことをやってくれたんだろう。
まるで、ヒーローのようだとケインは胸がスッとした。
「そして、そこに『これら悪漢どもを冒険者ケインの名において討伐す!』と大書された立て札があったそうです。街中大騒ぎですよ!」
「ええー! いや、俺そんなことやってませんよ!」
エレナさんも弁護する。
「もちろん、私も昨晩はずっと一緒に居ましたからわかってますよ。ケインさんは、一度だけおトイレに立ちましたが、それ以外では部屋を出てません」
「ですよね」
アリバイがあってよかった。
『双頭の毒蛇団』が壊滅したのはいいが、それを自分のせいにされてもケインも困る。
「あら、てっきりケインが倒したと思ってたのに」
「いやシルヴィアさんも、俺がそんなに強くないの知ってるでしょう」
「ふうん、でもおかしいわね」
「なにがですか」
「エレナさんが寝てる間に、こそっと抜けだしてケインがやったとしてもおかしくないわけでしょう。なんで、ずっと一緒にいたのかわかるかしらねー?」
何を想像したのか、おかしいわねーとつぶやきつつ、ニンマリと笑うシスターシルヴィア。
ケインは慌てて否定する。
「いや、違いますよ。なんか妙なことがあったわけじゃありませんからね」
同じベッドに寝たので、何もなかったとも言いがたい。
微妙な表情になるケイン。
シルヴィアはケインの顔をまじまじと見つめてから、大きなため息をついた。
「はぁ……まさかこんなに綺麗な女性と同衾して、本当に何もしなかったなんて」
「いや、エレナさんは、俺を心配して匿ってくれただけなんですから」
「うーん、そうなのね。ケインがいつまでも独身な理由がわかったわ。本当に困ったら、私に相談しなさいね。ケインのお嫁さんぐらい、私が世話してあげるから」
「いや、教会の孤児たちとは結婚しませんからね」
「なんならもう、私が還俗してもいいわよ」
またその冗談かと、ケインは苦笑する。
「結婚相手ぐらい、俺だって自分で見つけますよ」
その当ては、まったくないのだけど。
育ての親のシルヴィアの前でぐらいは、見栄を張りたいケインだ。
「……まんざら冗談でもないんだけどね」
シルヴィアのそのつぶやきは、小さすぎて聞こえないのであった。
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