第14話「エレナはケインを守る」

 冒険者ギルドにケインが届けた報告によって、ギルド員達は慌ただしく動き始めた。

 応接間でお茶を出した受付嬢のエレナさんは、難しい顔をしている。


 ミスリルの鎧を拾った話もしたのだが、そんなのケインさんが預かってどうとでもしてくださいと取り付く島もない。

 なんだか、いつもの優しいエレナさんとは思えないほど、凄い空気がピリピリとしている。


「えっと、俺はなにかマズイことをしちゃったでしょうか」

「いえ、そんなことはないです。こういうケースでの報告は冒険者の義務です。『双頭の毒蛇団』のカーズとジンクスが、ケインさんを襲ったんですよね。いまギルド員が調査に向かってますが、襲われたというケインさんの言葉を疑うものはいませんよ」


「そうですか」


 エレナさんは、これまでケインが冒険者ギルドにしてきた功績を考えれば、面倒事ばかり起こしてきたカーズやジンクスのことを弁護する人間などいないと言う。

 知らせを聞いたギルド員には、Cランクのならず者二人相手に果敢に立ち向かったケインを称賛する者もいた。


 しかし、そんなことで褒められても、ケインは喜ぶ気にはなれなかった。

 正当防衛とはいえ、同じ冒険者を殺してしまった負い目がある。


 二人もこの手にかけてしまったなんて、今でも信じられない。

 茶碗を持つ手が震えて、なかなか掴めなかった。


 ギルドのお茶がやたらと苦いのが、なんだかありがたい気がした。

 もちろん、ケインは何も間違ったことはしていない。やるしかないと覚悟してやった。


 だが、たとえ相手が悪人であったとしても、やってしまった後味は安物のお茶のように苦かった。

 今夜は、おそらく眠れないだろう。


「でも、私個人としては、そのままカーズたちがモンスターにでも襲われて死んだことにしてほしかったです」

「なぜですか。冒険者ギルドとしても、これで『双頭の毒蛇団』に何らかの処分はくだせますよね?」


 同じ冒険者を襲ったあいつらをこのまま野放しにはしておけないと思うから、ケインも今回の件を申し立てたのだ。


「そんなことじゃありません!」

「えっと……」


 苦悶するエレナは、震えた手で顔を覆った。


「すみません、声を荒らげてしまって……私が心配してるのはケインさんの身の安全です。『双頭の毒蛇団』には、前から冒険者を襲っているのではないかという疑いがありました。しかし、スネークヘッドは狡猾で、これまで全ての嫌疑を逃れています。今回も、ギルド員が勝手にやったことという姿勢を崩さないでしょう」

「これだけの証拠では、潰せないってことですか」


「そうです。冒険者ギルドだって、『双頭の毒蛇団』をそのままにしておくつもりはないんですが、あいつらは参事会の一部とも癒着しているから厄介なんですよ」

「なるほど」


 そこら辺の政治向きの話はケインにはよくわからないが、あんなギルドがいつまでも野放しになっているのも理由があるようだ。


「スネークヘッドたちは、おそらくケインさんに落とし前を付けに来ます。ギルド員二人が返り討ちにあったのをそのままにしておいては、ファミリーのメンツが立たない。あの男なら、そう考えるでしょう」

「そうすると、俺は危ないってことですね」


「私が迂闊うかつだったんです。ケインさんにミスリルの剣を渡してしまったから、あんなものを持っていれば『双頭の毒蛇団』に狙われるかもしれないって、なんで気が付かなかったのか……」


 手で顔を覆うエレナさんは、もう涙声になっている。


「いや、エレナさんが悪いわけじゃないですよ!」


 ケインにしても、そんなことは考えもしなかったのだ。

 今さら言っても遅いが、ミスリルの剣を持つにしても、布で巻いて隠すなりなんなりすれば良かったかもしれない。


「これは私のせいですよ。絶対に私が何とかしますから!」


 ケインが慰めても、エレナさんはやけに気負っている様子だ。

 エレナさんを困らせたくはないと、ケインは思う。


「うーん。俺はしばらく、どこかに身を隠していましょうか」


 そうは言っても、ケインに行く当てはないのだが……。

 身を潜めるのに今住んでる安宿がダメなら、勝手知ったるクコ山の洞穴で野宿ぐらいだろうか。


「そうだ、そうですよ! ケインさんは、このままギルドにいてください。あいつらも、ギルドには手出しできませんし、ギルド長を始めとしてギルド職員はみんなケインさんの味方ですから、絶対守ります」

「えっ、このままですか?」


 突然の話しにケインが困惑しているうちに、エレナに手を引かれて奥の間に案内される。

 いつの間にか、エレナの表情はパッと明るくなっていた。


「ちょっと手狭で申し訳ないですけど、この奥がギルド員の宿舎になってるんです。ケインさんには、ここにしばらく住んでもらうことにします」

「狭いのはもちろん構いませんが」


 案内された部屋は、むしろ綺麗で広い部屋だった。

 ケインがいつも寝転んでる安宿に比べれば、倍の広さはある。


 それより、やけに可愛らしい調度品が並んでいて、香水のような甘い香りがするのが気にかかる。

 ここって、誰か住んでる部屋なのではないだろうか。


「本当に手狭ですみません。部屋が空いてなくって、しばらく私と同室になりますが、我慢してくださいね」

「ええー!」


 どうやらケインは、エレナさんと同居することになったらしい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る