田中正二
未来
田中正二は学校の最寄り駅で大岩レオを待っていた。田中の方が大岩に連絡をし約束を取り付けたのだ。最後くらい話をしよう、と。
今日は高校の卒業式である。
大岩が来るまで田中は駅を歩いて行く高校生達を採点していた。卒業式だけあってやはり、皆身だしなみをキメてくるのだったが、こいつは俺より下。こいつは俺より上。と言った要領で見定めるのだ。
そうこうしていると大岩が到着した。お互い片手をあげるだけて淡白な挨拶だけ交わして並んで歩き始める。
沈黙が続いたが、田中が切り出す。
「にしても、お前の高校生活の最後は災難なもんだったな」
大岩はそれを聞いて少し恥ずかしそうに笑った。田中は慣れない大岩の笑みに違和感を抱いた。
田中と大岩は中学からの付き合いだった。大岩にとっては唯一と言える友人だが、顔が広かった田中にとっては大勢いる友人のひとりに過ぎなかった。
「そうだな。あの篠原に目をつけられるとは」
「あれに耐えたんだから大したもんだよ」
「まぁでも今ではいい経験だったと思ってるよ」
「結果的に水瀬真凜と付き合えたからか?」
大岩は曖昧な笑みを浮かべるだけで返事はしなかった。田中はその態度が鼻についた。
田中は明るくて、気が利いて、お調子者というキャラで通っていた。でも、その反対の性格と言えるこの友人は何故か、モテる。
田中が悩んで工夫して考え抜いて人と接しているのに。こいつは何も努力せず、人を惹き寄せる。
ずっと、田中は劣等感を抱いてきた。嫉妬してきた。
その対象が今度は学校のマドンナのハートを射抜いて、その上それを無下にしたと知った時は我慢の限界だった。
「なぁ…実はさ、お前が篠原を振ったって噂広めたの俺なんだよ」
大岩は真顔で表情を変えなかった。
「驚かねぇの?」
「もしかしたらそうかもとは思ってた。…だってほら、俺がその話したのお前だけだったから」
大岩は隣の田中の方を向かない。あくまで正面を見据えている。
「恨んでねぇのか?俺のせいでお前はイジメられたようなもんなんだぜ」
「終わったことだ。恨んでも仕方ない」
田中は立ち止まった。それに気付き大岩が振り返り、向き合う形になる。
「恨めよ!」
田中は叫んだ。余裕そうな大岩の態度を見ると苛つく。しかし大岩は眉尻を下げ憐れむような目線を向け、それが田中を逆撫でする。
「俺は!お前を困らせようと思ったんだよ!イジメられて学校に来れなくなればいいと思ってた」
「そうか」
「お前が恨めしかった。俺が努力しても届かない所に、お前は当然のように立っている!それが気に食わない!」
同窓生達が立ち止まっている2人を大きく避けるように迂回して抜いていくが、その訝しげな目も気にならないほど田中は熱くなっていた。
「すまなかった」
嫌にあっさりと大岩は綺麗に腰を曲げ頭を下げた。しかし田中は納得できない。
「謝って欲しいんじゃない、酷い目に逢って欲しいんだ。お前に」
田中は自分がどれだけ幼稚で自分勝手なことを言っているか自覚していた。しかし、こうでもしないと胸の不快感は拭えない。
大岩は顔を上げ語りかける。
「俺は今、反省している。今まで沢山の人の思いを踏みにじったこと。拒否し否定したこと。お前と真に分かり合おうとしてこなかったこと。
その跳ねっ返りが来たと思ってるよ。でもさ…なぁ田中、卒業だ。大人にならなきゃならないんだ。俺たちは互いに成長しなきゃいけないんだよ、変わらなきゃいけないんだ」
そう、落ち着いた口調で諭す大岩の顔つきは数ヶ月前と見間違えるほどに精悍で真っ直ぐに田中のことを見ていた。その顔を見るとなんだか自分の感情吐き出す事しかできない自分が恥ずかしくなってきた。
「わかってるよ。んなこと」
田中は初めて大岩の本音を聞けた気がしていた。そして胸に温かいものが込み上げてくる。その感情の正体に気づき、やはり自分は子供だったと思う。
田中は自分に無い魅力を持っている大岩に憧れていた。けど、大岩は周りに等しく冷たかった。田中はただ大岩に構ってもらいたかったのだ。
前までの大岩は多くは語らず分かり合おうなんてしない人間だった。大岩の成長を感じたのだ。それを見て自分はこのままでいいなんて思えない。
「これは最近ある人から聞いた話なんだけど、人間関係はパズルのピースみたいなもんなんだってさ。つまり、あれだ…何が言いたいのかと言うと、俺とお前は捻くれ者同士、意外とピッタリ合うんじゃないか、ってな」
そう言った後に少し照れくさそうに鼻を掻く大岩はやっぱりまだ子供のようにも見えた。その様子を田中は鼻で笑い、互いに笑い合った。
そして2人は再び歩き出す、未来へ。
少年の変 藤田 @Nexas-teru
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