空#4
風が一陣吹き、短いスカートが捲り上がりそうになるのを手で抑える。この行動にも慣れたものだ。
水瀬がいるのは学校の屋上であり、他に誰もいないのだから言ってしまえば抑える必要も無いちゃあ無いのだが、それでも抑えてしまうのはなんとなく背徳的な感じがするのと、あとは癖だろう。
今日はあの日と同じような重苦しい曇天が見あたす限り続く空である。
水瀬は空気だ。
──周りに合わせるばかりで、自分の色を持たない透明。すぐに流される軽さ。ありふれていてどこにでもいる。そんな空っぽな存在。
空気を読んでばかりいたら空気になってしまったのだ。
事実、あの日から水瀬は成長していない。ふわふわと流され3年生にまでなってしまった。
───だから今日は、ケリをつけにきた。
眉を八の字にして、すこし不機嫌そうな顔で篠原花玲がやってきた。主に男の前で出す八方美人モードではなく、女子だけの時に出す女王モードだ。
「なに?こんなとこに呼び出して」
近づくと花玲からはふわりと甘い香りが漂ってくる。風にさらわれ乱れる髪すら花玲なら様になる。
水瀬はずっと考えていた。木下は花玲のどこを好きになったのか、自分ではダメだったのか、と。しかしそんなことを言う資格なんてないことも十分自覚していた。
強い覚悟を持って水瀬は問いかけた。
「木下正宗って覚えてる?」
花玲は斜め上に視線を向け考えるような仕草をしてから、しばらくして答えた。
「だれそれ」
水瀬にとっては忘れられない重大な事でも花玲にとっては直ぐに記憶から消してしまえるようなどうでもいいことだったんだろう。
清々しいまでの憎らしさに水瀬はつい笑みが湧いてきた。
「そっか。…篠原ちゃんはさ、大岩くんをどうしたいの?」
よそよそしい呼び方とその問いの内容に篠原は訝しげに睨みつけてきた。
「大岩?そりゃあ私をコケにしたんだからタダじゃおかないよ。学校に来れなくしてやる」
「そんなのおかしいよ、って言ったらどうする?」
篠原ははっきりと通る声で「は?」と言った。そして「あんた頭おかしくなったの?」と続ける。
水瀬は目を瞑った。そして思い出す、木下の事、篠原と同じクラスになってからどんな気持ちで友達をしてきたか、不安で怯える日々。
鼻からスゥーッと空気を吸い込む、肺に冷たい空気が流れ込む感覚がある。その空気を全て吐き出すように言った。
「おかしいのは篠原ちゃんの方だと思うな」
篠原はあっけにとられてぽかんとしている。ここぞとばかりに畳み掛ける。
「私ね、ずっと篠原ちゃんの事嫌いだった。同じクラスになった時からじゃあ無いよ。1年生の時からずっと」
篠原の顔がどんどん紅潮している。
「振られたからやり返すってどんだけ幼稚なんだよ!」
拳をギュッと握り締めている。
「つーか!受験期なんですけどぉ!」
歯を食いしばっている。怒らせているって分かりつつ、何だか快感でやめられない。
「可愛いだけの人なのに振られてやんの!」
全身に力を込めていたような篠原からフッと力が抜けていった。そして水瀬をギロリと鋭く睨みつけ力強く言い放った。
「覚悟しとけよ」
そう言い残し踵を返し去っていった。
これで明日から水瀬は篠原の標的とされるだろう。クラスに友達なんていなくなるかもしれない。けれど、水瀬には1人気が合うかもしれないと思っている人がいた。その人は水瀬とおなじで篠原のことが嫌いで振ってしまうような空気の読めない大バカ野郎だ。
その彼とは良い友人になれるかもしれないと水瀬は胸を高鳴らせていた。
この空の曇天とは裏腹に水瀬の心は清々しく晴れ渡っていた。
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