桜#2

 学校に行くと、異変が起きていた。


 大岩の机の上に花瓶と花が置かれている。これは異変ではない。前に1度されたことがあったし、いかにも低レベルな奴らが考えそうな事だ。


 異変というのはその花瓶という嫌がらせが大岩だけではなく真凜の机にもされていたということだ。


 大岩は自分の席の花瓶を端に寄せていつも通り本を読み始めた。するとやはり、教室のどこかから嘲笑う声が聞こえるが無視する。


 一体こいつらはどれだけ恥を晒せば気が済むのだろうか。大岩は怒りを通りこし哀れんでいた。こいつらは一人でいる時は絶対に行動しない。複数でいる時にだけ気を大きくして人を見下し、そして悦ぶ。


 昨日まで味方だった真凜も大岩といる所を恐らく誰かが目撃したのだろう。それだけで標的にするのだ。


 その後登校してきた真凜は花瓶を見て驚いたような顔をしたが、少し口の端を持ち上げたかと思うと、大岩と同じように堂々とした態度で一日をすごした。





 その日の帰りの電車、また大岩の隣には真凜がいた。ストーカーされた。無視しても良かったのだが、朝のことがあるので興味本位で話しかけてみることにした。


「お前、やるじゃん」


 無視を決め込んでいた大岩に突然話しかけられるとは思っていなかったのか、真凜は少し目を見開いてから、やはりあの三日月の笑顔を向けた。


「なんのこと?」

「つまらない人間に屈さなかった」

「つまらない人間ってクラスの子達のこと?」

「そう」


 真凜は眉を寄せ少し考えるような仕草をする。


「大岩はクラフの子達、つまらないと思ってるの?」

「つまらないだろ。皆、表面上は仲良さそうにして、篠原花玲に媚び売って、愛想笑いうかべてさ。下らねぇ」

「大岩は不思議だね。大岩から言わせれば多分…全国の高校生はだいたいつまらないことになりそう」

「かもな」


 実際に大岩は魅力があると思う人間に出会ったことは無かった。無論真凜も例外ではなく、つまらない人間という認識だった。


 もとより真凜は実質うちのクラスでは篠原につぐNo.2的なポジションにいたと大岩は認識している。とにかく篠原に同調して確固たる地位を築いていたという印象だ。


 しかし、そんな真凜がなぜ構ってくるのか大岩は理解しかねていた。


 そんな地位にいた真凜なら俺と馴れ合うということがなにを意味するか分からないはずもないのだ。そしてやはり嫌がらせの対象になったとき、真凜は笑っていた。


 そんな真凜に大岩は好奇心に近い興味を感じ始めていた。




 下車し図書館へと向かい桜乱通りを歩いていると、やはり当然のように真凜はついてくる。大岩はもうその状況に慣れ始め、いちいち驚くのをやめていた。大岩は問いかけた。


「なんでついてくんの」


 大岩はまたあの笑顔を見せるんじゃないかと横を歩く真凜の横顔を眺めていたが、今回は笑わなかった。


「受験生が勉強しに行くのに問題でもあるのかな?」

「そういうことが聞きたいんじゃない。なんで俺についてくんのかってこと」

「いいじゃん。嫌われ者同士、仲良くしよ」


 それは答えになっていないと大岩は思った。


 真凜は嫌がらせを受ける前から大岩についてきていたのだから、そんなのは後付けだろう。


 しかし大岩はそれ以上追求するのを諦めた。


「大岩はさ、昔っからそうなの?」

「そうって?」

「孤独主義というか、人を拒絶してる感じじゃん」


 ちょっと傷ついてたんだからね?と真凜は付け足した。


「昔からだ」

「ふーん。それはなにかきっかけがあって?」

「いいや、物心ついたころから周りがバカに見えて仕方なかった」


 真凜は吹き出したように笑った。大岩は不快に思い顔をしかめた。


「ごめんごめん、面白くてつい」


 真凜はすかさず謝ってきたが、大岩は無視をした。別に怒っているわけでもなかったがなんとなく無視をした。


「おまえも昔からああなのか?」

「ああって?」

「人と馴れ合ってる」

「あぁ、大岩風にいうとつまらない人間ってやつね。…うーん、私はきっかけがあるよ」


 大岩は「へぇ」とだけ言って説明を求めなかったが、真凜は小さく「昔ね、好きな男の子がいたんだ」と呟いた。


 遠くを見つめる水瀬の目が捉えているのは過去なのだろう。大岩はやはり、無視をした。

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