第9章
第8話
そろそろいいですか?
「うん? 何かしら?」
俺は逃げているつもりなんですけど、どうして王都へ向かっているんでしょうか?
「あら? ご主人様は王都にいるあの人をぶん殴りに行くのでしょう?」
俺、そういったことをしないのが唯一の取柄なんですけど?
「知ってるわ。冗談よ」
本気で殴らせようとしてたでしょ?
「そうね。ご主人様が手前を屋根に乗せてくれないから」
脚を組んで助手席に座っているホクトは珍しくぶっきら棒に見えた。
自動車を走らせている。時間帯も相まって空気が乾いていた。空に雲は漂っておらず無風。自動車に乗っていれば如実には感じられないけれど。
「今日は外が暑そうね」
そうですね。
「器用ね」
うん?
「まあ、お話するならこっちがいいかもしれない。それでご主人様の性的倒錯は決まったのかしら?」
はい?
「あら、おかしいわ。ご主人様が性癖をさりげなく吐露していたのは計略であったのでしょう?」
なんですって?
「ねぇねは背中、セイホは脚、トウマは胸。手前はお尻と性癖を吐露した結果、トウマの作る衣装を部位が露出する見た目に変えさせたのはご主人様の計略でしょうに」
とりあえず貴女のお尻は露出していませんよ?
「手前たちが視線に気づかないと思って?」
視線というか心が透けてますけど?
「……そうだったわ。ご主人様もど変態だったわ」
自覚があったようだ。
四人の女性がそばにいて意識をしないのはかなり難しい。一人ひとり特徴があってそれを魅力だと思わないのはあまりにも鈍感で失礼に値しないだろうか。無理強いをさせようとしたら力負けしてしまうのは明らかにこっちなので衣装を強制した覚えはないけれど、不快だと思っていたら覆い隠してもらうのはやぶさかではない。というか衣装を喜々として造っているトウマに訴えかけるべきだろう。訴えても彼女は飽きるまでは止めるとは思えないしナンノとセイホは衣装に注文を出していて嫌々な様子はなかった。となるといまのままでいいのではないでしょうか?
「そ、そうね。ご主人様がためつすがめつ手前たちの肌を眺めたい熱意は伝わったわ」
…………。
「と、とにもかくにもこんな手前たちも純粋な心持った子供時代があったはず」
ドン引きされてます?
「長く生きていると子供のころの記憶は抜け落ちてしまうものなのよ。ご主人様は覚えているかしら?」
気まずい場を和ませるようにホクトは話題を戻してくれた。
どうでしょうかね?
「純粋な子供のころの手前はこんなにもど変態ではなかったと思うの。人殺しにも抵抗があったと思うわ」
…………。
「そんな子供の記憶はないけど、ねぇねの話をするのは純粋であると思ってほしいわ。やっぱりねぇねには幸せになってほしいと思うの。手前の最優先はそこにある。ねぇねがアスカを殺すのを望むのなら支えてあげなければならないわ。しかしながらいまのねぇねには耐えられるのかしら? ご主人様も気づいているのでしょう?」
どういう意味でしょう?
「覚えてる? 少年がねぇねを怒らせたのを。いままでだったら怒らせたら殺していたはずだった。それが少女の言葉で怒りを収めた。トウマのときもセイホのときでさえご主人様のおかげで収まった怒りがあんなにあさっり収束したのは最初から殺意がなかったから。
ねぇねが人を殺せていたのは殺された相手の殺意によるもの。殺意を持った人間を殺していただけ。
正当性はない。ねぇねは在り方。人の欲と同じ。自然と同じ。従わざるを得ない事象。個人の本質を具現化させてしまう女神に倫理は適用されない。
だから人を殺すのは当たり前だと言いたいけど、やっぱり人なの。
感受性豊かで人の殺意に影響されて人殺しとなった。ねぇねの心は世界の感情で満たされてる。感情によってねぇねは死神にもなってしまう。本人が望んでいなくとも」
…………。
――殺し尽くすが私の存在意義。これは私の本質です』
「ねぇねの行動には自主性がない。そうであるかのように見せているだけ。別段それが悪いわけではないわ。ねぇねにしたら最も最善な判断だった。でも、ご主人様と出会ってしまった。
自身が望んだ理想は自身の行動に引っ掛かりを覚えさせる。自主性を持たせてくる。理想と現実。ご主人様とねぇね。大きな違いがあると、同じであるはずがないと解っていても引っ掛かりは消えない。ねぇねはその引っ掛かりを優先する。かつて自身が護っていた善意を護るために自らを否定し始めた。変われない自分。汚れた自分。それが優先される世界を彼女は壊すと決めた。
いまの自身に合わせて作られて変わる親友を殺すと決めた」
ホクトの言葉は淡々と流れていて、それでいて少しだけ淋しさが混じっている気がする。
「手前たちとアスカは似てる。
ねぇねが世界から離れるのに手前たちは協力した。
アスカはねぇねに都合のよい世界を作り上げた。
各々見解は違っていても願うはねぇねの幸せ。
ねぇねの願いを叶えたのはその誰でもなかったけど」
…………。
「安心してご主人様に色々な罪を償わそうとしているのではないわ。ご主人様は巻き込まれただけ。けど、こんな話をするとそう思ってしまうのかしら? そう思ってしまうと解っているからねぇねは話さないのでしょうけど」
どうして、俺に話すんです?
「手前が話したかったから。話していないと後悔をさせるもの。ご主人様には知っていてほしい。
ねぇねが自分の意思でこれから親友を殺すことを。
ご主人様がねぇねを助けようとしてくれているのは知ってるわ。え? そんなこと考えてないって? 逃げているだけだって? あんぽんたんね。手前たちがどれだけ一緒に居たと思ってるの? 大丈夫よ。手前たちは知っているわ。ご主人様が一番弱いのは知ってる。手前たちが止められないのに止められるわけがないでしょう。手前は知ってるの。主にしては力不足のは最初から知ってる。だから、手前はご主人様に何も期待しないから安心して」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます