第7話
「アナタは誰?」
「名乗るほどの者ではないの。だから貴女も名乗らなくていい。英雄の一族なのでしょう? 知ってるわ。ホントは介入するつもりはなかったの。ごめんなさいね。けど、どうしても手前のご主人様が救おうとするものだからこうやって手前が出てきたの。どうかしら、このあたりでやめてもらうというのは? 英雄は人を救うものよ」
「アナタたちこの女を捕えなさい! 英雄の一族の品位を落とす下賤の者です!」
「あらら、聞いてくれないの? そうね。みんなを真似て手加減して戦ってみようかしら」
男が一人ホクトに向かい彼女の腕を掴んだ。男は見た目からホクトがか弱いと思っていた余裕の笑みが止んで一瞬で地面に叩きつけられ泡を吹いた。
「うーん。強すぎたかしら?」
二人三人四人五人六人七人八人九人十人が倒れていく中ホクトは身じろぎもしなかった。彼らには何が見えていてどう見えていたのか知らないけれど、こっちから見れば自身で飛び上がり地面に落下し気絶しているようにしか見えない。
嗤いながら見物していた衆人は顔を真っ青にして声を飲み込んで黙っている。
「ご主人様には何か見えるかしら?」
頭を横に振って不可解さを伝えた。
「そう? 三人なら解ってくれたときもあるのよ。いまここにもう一人手前がいるの。その手前は彼らと戦った。戦って勝った。彼らには二人いるように見えているのね。ご主人様には一人でに倒れていく彼らが見えていただけでしょうけど。まあ、解からなくていいわ。さてと」
ホクトは左手を腰に当てたまま、女性を眺めていた。
そんなホクトの余裕が癪に障ったのか女性たちには見えている光景を目の当たりにしつつもプライドを言葉にする。
「ワタシは英雄の一族ですよ!」
「ええそうね。何度も聞いたわ。それでやめてもらえるのかしら?」
「な、何をですかっ!」
「彼への仕打ちよ」
「アナタには関係ないでしょう!」
「そうだから、お願いしているの」
「何様なの!」
「はぁ、ご主人様。手加減って難しいのね。彼が限界みたい」
え?
「アナタ誰に向かって――」
どすり。
「うっ、ど」
うめき声が女性から漏れた。顔を歪ませた女性に重なって処刑されそうだった青年が血走った目をして立っていた。
「ずっとこうしてやりたかった」
一言吐き捨てる青年。倒れる女性の陰から見えたのは真っ赤なナイフを握った青年の両手だった。青年は倒れた女性に覆いかぶさる。少しの時間を使って弱弱しく女性は立ったままのホクトに声を伝えた。
「た、助け、て」
「手前は英雄じゃないのだから、頼むのはこっちではないでしょ?」
「ほぇ?」
「せっかくご主人様が手前から貴女も助けてくれようとしてたのに。もったいない」
「あ、ふゅ」
青年は入れ物から空気を抜くように何度も何度も女性へナイフを突き立てた。
「オマエがオマエがオマエが!」
ざくざくざく。
二人の動向を観察しながらホクトは短く嘆息する。
「英雄の一族というものはこんなにも恨まれているものなのね。限った話ではないと思うけど、他人に酷い仕打ちをした心当たりのある人は気を付けたほうがいいわよ。遅いかもだけど」
周囲から悲鳴が上がり、周囲が殺し合いで埋まる。魔術も飛び交う日常が生まれた瞬間だった。秩序が崩壊した街は砂上の楼閣だったといわんばかりの地獄と化す。けれども、女神像の周囲の人々には被害がない。そこだけが違う空間に切り離されたかのようないままで通りの世界があった。
「ねぇねに似た女神像は壊したくないわ。ご主人様」
普段通りのホクトは戻ってきて云った。
「青年は助けたわ」
え? 助けたって云いました?
「生きてるでしょ? いうまでもないけどこれは願望の錯覚よ。恨みをため込んでいたみたい。ご主人様はさすがね。いつもと変わらない。伊達に常日頃願望を宣言していないわ。ねぇねにも通用したのに、こんなにも通用しないのはご主人様ぐらいだわ。ああ、無力。興奮してくるぅ! さあ、ご主人様。十分休憩できたのだから王都へと向かいましょう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます