第12話 推しと逃走
今日はなるたんとデートだ。どこでかというと、押上である。大きなタワーに、楽しいショッピング街。水族館だってある。
そう、ここは、一日デートをを楽しめる場所だ。
集合場所は、押上駅。俺は改札周辺で、突っ立って待っている。
「お待たせ!徹!」
すると、なるたんが待ち合わせ時間ピッタリに現れ、少し前に来た俺を見つけて改札から走って来たのか汗をたらしながら元気よく現れた。しかし、その姿は……。
「え、ちょおまっつ」
変装のへの字もないアイドルなるの姿だった。
「え、あれ友井奈留じゃない!?」
「え、やばいアイドルじゃん!」
「男といる、え?熱愛の!?」
なるたんは、変装など無しで、パチリと柔らかく潤んだ素敵な瞳と、サラサラの髪を揺らして、華やかな夏のワンピースで登場した。白いサンダルは、足元をキラキラと輝かせている。
「どう?素敵でしょ?気合入れたのよ?」
「ま、まずいって、めっちゃ人来てるぞ!」
困ったことに、気が付けば周辺は、有名スターを目の前にファンが取り囲んでいる。やがてきゃあきゃあと騒ぎになっていき、集まった人で歩道が通れない。
さすがスター。一瞬で人だかりができてしまった。
って、ダメだろ。これじゃあデートどころじゃなくなる!
「な、なんで変装してこねえんだよ!」
「そ、その方が徹に見せつけられるじゃないの!」
どうしたんだ急に、炎上の為とかではないのか?何故俺に見せつけるのだ。とにかく、今はやばい気がするので逃げなければいけない。俺が週刊誌のモザイク野郎じゃねえのか?とか、不思議に思いあまり良くない目線を送る人もいる気がして、早くここから離れたい。
「逃げるぞ!なる、こっちだ!」
「え?ちょっと、デートは?」
「バカか!こんな状況で出来ねえよ!」
俺はグイッと引っ張ろうとするが、ヒールのサンダルは早く走れそうもない。しょうがない、ならこうするしかないか。
――――バサッツ
「え、徹!どうするつもりよ!」
「安全なとこにこれで、走るんだよ!」
俺は彼女をお姫様抱っこして、とにかく走った。後ろから〝友井奈留がいるぞ!〟と走ってくる人たちから逃げるように、全速力で進む。
というかなんで変装してこなかったんだ、こんな観光名所で、なるたんと分かれば、騒ぎになってしまうに決まっているだろうが!いつもの冷静な不気味な笑みの頭脳系なるたんはどこにいってしまったんだよ!
考えればわかっただろ。
「はあ、はあ、はあ……」
「だ、大丈夫?徹……」
「大丈夫って……まあ、もう追ってくる人はいないけれど、変装しなきゃ外出れないだろ、トップアイドルなんだから」
はあ、困った。とりあえず路地裏に隠れることが出来たので、もう追ってくる者はいないだろう。しかし、これじゃあもう今日は押し上げなんて歩けない。
これも炎上の為か?
「そんなに炎上したいのか?」
そう問う俺に、なるたんは、良く分からないことを言ってきた。
「炎上よりも、したいことが出来たのよ」
「なんだよそれ」
「もう、バカね」
そう言うなるたんは、いつもの不気味な顔ではなくて、赤く柔らかい頬で笑う素敵ななるたんだった。
俺はそんななるたんに困惑しながら、家の方向まで目立たないようになるたんを抱えて走ることにした。
そして、相当走ってきたらしい。気が付けば、お互いの家の最寄りの曳舟駅へとやって来ていた。とりあえず、一般人の騒ぎにならない格好にしてもらわないと、今後外の活動は厳しい。炎上だが何だがしらんが、考えねえとだ。
「やっぱり、ダメかあ」
「変装はスターには必須だろ。死ぬかと思ったぜ」
人通りが少ない路地を選びながら、マンションへと俺たちは向かった。
そして、今日のデートは中止にすることにした。さすがに、外で騒ぎになり、SNSで情報をばらまかれていると思うし、また、外を出歩くのも、まずい気がする。
「徹と周りのカップルみたいに歩きたかったな……」
「めちゃくちゃ嬉しいですけどさ、俺は。でも、炎上は出来たとしても、俺が持ちません」
「えーーとそうじゃなくて」
「俺、ボディーガードではないし、困らせないでくれ」
俺は冷たいだろうか。何故、優しい言葉を掛けられないのだろうか。俺は嬉しいはずじゃないのか?推しと近距離で今日も会えてデートをしているのだぞ。中止になったけど。炎上に付き合わされていることに、もやもやしているのだろうか。それは贅沢か?俺は何故、なるたんと一緒にいるんだ?天国に行けるくらい嬉しいはずなのに、推しに会えて何故複雑な気持ちでいるのだ?俺が一般人で、彼女がスターだからか?使われているからなのか?ただ、ファンでいたいだけなのか?本当は、ちゃんとした恋愛をしたいからか?
俺は何、浮かない顔をしているんだろう。
推しと過ごせて、幸せなはずなのに。
なんでこんなに、今壁を感じてしまうんだ?
ファンとして俺はどうありたいんだ?
雨宮だったら、違うのか?
俺がぐるぐると考え込みながら、歩いていると、なるたんのマンションの前へ到着した。しかし、到着したとたん、誰かが声を掛けてきた。
「それ誰かな?愛人?」
カメラを片手に近づいてきた男性は、にこやかに質問をする。
「あなたのファンだよね?どういう関係性?」
まずい、こいつはパパラッチだ。きっと、なるたんのマンション前で、張り込んでいたに違いない。いや、なるたんにとってはまずくはないはずだ。炎上出来て嬉しいに違いない。しかし、俺はどうだろう。このまま巻き込まれていけば、ファンに殺されかねないし、本当にこのままでいいのだろうか。
俺は、夢だと分かって、推している時間が楽しいのではないのか?
炎上に巻き込まれたいんじゃない、なるたんを推していたいんだ。
友井奈留とこんな風に出会う前の、夢のような存在こそが、俺にとってのファンとしての幸せなのか?
いや、考えるな俺。今はなるたんの為に考えろ。俺はなるたんの為に生きると誓ったファンだろ。
今、パパラッチを目の前に、正直、一般人の俺には、どう答えるべきなのか正解がわからない。そして、今日のなるたんはいつもよりもどこか静かで、心配になる。気のせいかもしれないが、何か変なのだ。
俺は、パパラッチに向かってなんて答えようか頭を抱え汗を増やしていると、なるたんは、強い眼差しで前に出て、叫んだ。
「私この人と、結婚するんです!」
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