第11話 俺と後輩
金曜日、会社帰り、俺の後ろには何故か雨宮がくっついてきている。なんて言って追い払えばいいのか、無視し続けて家路を急ぐか、選択肢が決まらない。もう、暑く汗が滴る季節の夕方は、さっさと家に帰りシャワーを浴びて休日の楽しみ方を考えたいというのに、華金の最後に面倒ごとが引っ付いてきた。
「せーんぱあーーーーい」
「聞こえてますよね?え?聞こえてないの?ええ?おい、そこのくそ虫!」
「雨宮!しつこいぞ!」
俺はついに我慢が出来ず、構ってしまう。構ったらめんどくさい事態に巻き込まれそうで、出来れば無視をしていたいが、諦めの悪い彼女に、それはできそうもない。
「先輩、ご飯くらいいいじゃないですか。けち」
ムスッとくたびれた顔で俺に話す彼女に、俺はいつも通り断りを入れる。
「俺、本当に好きな人がいるんだって。だからダメ」
「え?」
雨宮は、俺の言葉に目をまん丸にして、唾を飲む。
「それって……誰ですか?」
「なるたん」
「やっぱり、いつまで二次元……」
「二次元ではない」
真顔で言う俺に、コイツ痛いわ……って顔で、俺を見る雨宮が横にいた。というか、よくそう思うやつをコイツは好きでいるな。
「私……先輩の事、本当に好きなんですよ」
今度は真剣な顔で言葉を投げられるが、俺の心は動くことはない。
「でも、ダメ。ふざけて俺に近寄らないでくれ。オタクなんて嫌だろ」
「真面目に私は言っています、先輩は会社で私を守ってくれたヒーローですから。昔、パワハラセクハラで苦しんでいた私を、ズバっと守ってくれたじゃないですか」
「そんなことあったか?」
「あ、ありましたよ!ほんと馬鹿ですね」
俺は記憶をたどり、思い出していく。そう言えば、会社に入りたての雨宮が、遅くまで仕事をしていたり、あまりにおかしな残業や労働があったから、上層部に俺が訴えてパワハラ上司が異動したとかあったな。雨宮だけではなく、他の新人女子も被害があったからって感じだったけど。
でもだからってな、それでここまで好かれても……。
「先輩はヒーローです」
「そりゃどうも」
「だからデートしてほしいんですよ」
「ごめんな、俺は好きな人とのデートの約束があってだな」
「えーーと、もう痛い話はいいです」
「お前、痛いって言ったな!本当の話だかんな!」
「真面目に話した私がバカでした、もう!お疲れさまでした!!はい!!忘れてください!!」
雨宮は涙目になって、ダッシュで駅に向かってしまった。本当に明日、好きな人とデートするし、本当に本当の話なんだが。二次元とかではなく、この世の現実で触れられる人とのデートだぞ。雨宮はどうやら信じていないらしい。痛いなんて言われちまった。
実は、不審者から守ってくれたからと俺にお礼がしたいらしい。なるたんからは、「明日デートよ、デート。空けときなさいよ」そう、連絡が来た。俺は明日を楽しみに、早く家に帰りたいのだ。申し訳ない雨宮、お前の気持ちは受け取れんのだ。頼む、そろそろ諦めてくれ。
でも、なるたんとデートって言っても、俺は炎上の為に使われているだけだってことは分かっている。期待したって、やはり、スターはスター。一般人は一般人。俺が叶う相手ではなく、線引きをして、現実に向き合うべきなのか?はあ。
これは二次元と同じように線が引かれているのか?
溜息をついて、とぼとぼ疲れながら駅に向かっていると、ものすごい勢いでこちらに向かって雨宮が走ってきた。どこから折り返して走ってきたというのだろうか、めちゃくちゃ息が上がっている。
「あ、はあ、先輩……大事なこと……言ってなく……て……」
なんだ、なんだ、まだなんかあんのか。お嬢ちゃんよ。
俺は呆れながら、目の前に来た雨宮を眺めていると、雨宮はこんなことを叫び、また駅へとダッシュして消えていった。
「二次元だろうが、諦め……ませんからね!」
――――ダダダダダダ……
「ほんと、忙しい奴だ」
なるたん似の後輩は、諦めの悪いとても困った奴なのである。
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