第8話 不審人物

 俺は会社帰り、スーパーで買い物をしている。夜八時を過ぎれば半額シールが増えて、俺の狙っていたおかずが安く手に入るからだ。その辺に並ぶ総菜たちの前で、うろうろととにかくスタンバる。


「あ、先輩、奇遇ですね。半額狙いですか?」

「わっびっくりしたあ。雨宮か」


 突然聞き覚えのある声がしたので振り返ると、今日初めての俺の後輩がいた。今日は研修だったようで、会社でそういえば姿を見なかったな。って……。


「え、髪の毛……」

「どうです?好みでしょ?」

「えっと……」


 俺の後輩、雨宮芽衣あまみやめいは、なるたんと同じ髪型となっていた。いつ美容院へいったのだろうか。昨日は会社でいつも通りだったから、その後か。どういうことだ、超そっくりだ。


 俺が驚いていると、雨宮は怒って言った。


「あの!感想とかないんですか!?」

「えっと……」

「はあ、もういいです、あと、最近ここに越してきたんです。会社通いやすいので。先輩もしかして、家近いんですか?」

「そうなのか。近いけど……」

「なので、私の引っ越し祝いに、これからご飯とかどうですか?」


 上目遣いで殺しにかかる雨宮だが、そっくりでも、本物のなるたんではないのは確かだ。残念ながら、俺は総菜を手に入れたら家路を急ぐとしよう。


「いや、推しが待ってるので!!!!」



 すると、雨宮はプンプンの顔で俺に叫ぶ。


「もう!先輩の推し、熱愛とか騒がれているのに!そんな二次元なんて……もういいじゃ……はあ、ああもういいです!」


「はあ、えーと」


 俺は雨宮へ時間を使うほど、暇じゃないし忙しい。三百六十五日推しで埋めねばならんのだ。そんな顔したって、俺は動じるつもりはない。



「一生彼女なんて出来ませんよ!!!!」



 雨宮はスーパーの誰もがびっくりして振り返るくらいの声量で、俺に言葉をぶちまけて消えていった。まるで俺が最低な男みたいで、恥ずかしいではないか。この野郎。



「なんだよあいつ、うっせえわ」



 確かになるたんは好きだが、付き合える確率はこんな一般人、遠いのには変わりない。最近嬉しいことが巻き起こってはいるが、それは彼女の炎上作りなだけであって、俺は使われている可能性だってある。でも、このまま彼女が出来ないのは嫌だが、俺はなるたんを夢見て推し続ける楽しさを捨てるのも嫌だ。


 まだ、推させてくれ、二十代の俺。


 俺は、雨宮に喧嘩を売られてから、念願の半額お惣菜を手に入れてぶつぶつと考え歩いて帰っていた。


 なんなんだあいつ。


 まあ、そんなことで相手にしたって無駄なんだし、無視が一番だ。構えば構うど、彼女は突っかかってくる気がする。


 

 めんどくせえな……。



 そんなスーパーの帰り道。たまたま、なるたんのマンションの前を通っていると、何やら怪しい男が玄関にいたので、気になり俺は足を止めてしまった。だって、黒コートに眼鏡、マスクだぜ?怖くねーか?いや、これがすぐマンションの中に入って消えるとかなら、住人かなあなんて安心するけれど、明らかに待ち伏せてる感がある。

 俺は心配になったので、陰で少し様子を見ていることにした。俺もまあ怪しいが、大丈夫であろう。明らかに怪しい男が目の前にいるわけだし。


 そうこう考えて、様子を見続けていると、なるたんが帰ってきた。


「あ、なるたんだ、大丈夫かな」


 マンションの入り口に、入り込むなるたんだが、オートロックの扉が閉まる前に、怪しい男が続けて入っていった。



 さすがにまずい気がする。



 俺は、その男の後を続けて追いかけることにした。


 急げ、俺。


「おい、お前、怪しいぞ!」

「んなっっ」

「え、ちょ、ッてキャアアツツツアアアア」


 辿り着いて俺が叫んだあと、刃物が出てきたのと、悲鳴が聞こえてきたのは覚えている。守ろうとして、男をねじ伏せた俺はそこから記憶がない。なるたんが、高く叫ぶ声だけが記憶に残っている。

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