第7話 推しの手料理

 彼女は今日も炎上していた。彼女の言葉に炎上しているのではなく、彼女を批判する奴は誰なんだとか、熱愛報道は嘘だろ誰だ殺すとか。


 彼女が炎上しているのではなく、彼女が炎上を作っている。


「最後、実は自分で炎上作ってました!とか言ったら大炎上間違いなしね」

「おい、それはやめとけ、干されるぞ。てか、どんな思考しているんだ……」


 俺は呆れながらも、不気味な笑みで笑う彼女を見ながら、心を幸せで満たしている。


 だって、目の前になるたんがいるんだぜ。やばいだろ。


 何回会っても、にやにやしちまう、だって俺の推しだから。


「ねえ、マジできもいから、いつまでにやけてんのよ」

「あのさ、そう言いながら、男性を独り暮らしの女性が家に簡単に上げてしまうってのはどうなのかね?」

「あ?」

「す、すいませんですっ」


「次なんか言ったら、いつでも通報して、話題にしてやるから」

「は、はい」


 彼女は大人気アイドル友井奈留ともいなる。通称なるたん、俺の推し。表舞台では、清楚ピュアピュア、ラブリーな女の子。だが、こちらは、ブラックなるたん。俺だけしか知らない、超レアなるたんなのだ。そして、こっちが本物だろう。

 彼女は超人気がゆえに、何でもできる。事務所や何かの裏の力で情報操作も得意なようだ。演技もうまい。通報なんて話題作りのためにいとも簡単にしてしまうだろう。炎上を楽しんでいやがる。マジブラックザブラック。

 でも俺は、それでも幸せなのだ。今死んでもいいと思えるくらい、推しにこうやって会えてしまうことは神級の出来事である。


 この前、俺が〝ライブ最高だった〟と連絡をしたら、〝手料理を振舞ってあげるんだから〟と突然返信があり、今、彼女の家に来ている。


 また会える、やべえぞ!死にかける!いやあもう、最高だわ!と、興奮しながら、家へ向かって今に至るわけだ。



 だって、また会えるなんて夢にまで思わなかったし。



「ちょっと待ってなさい、料理もうすぐできるから」

「おおおお、おお。え、めっちゃいいにおいがするうう」


 なるたんの料理、おいしいにおい。やばい死ぬ。


 食べたら死んでしまうかもしれないと、考えながら、俺は正座をして、テーブルの前に座り待つことにした。エプロン姿のなるたんは、ブラックなるたんだろうと萌え萌えきゅんきゅんで、俺の胸が萌え死に破裂しそうだ。


 そして、待つこと数十分。ハンバーグのような、何かが出てきた。


「はーい、出来たわ。我ながら完璧ね」

「ここここ、これはなんですかっ」


 ハンバーグのような塊は、おいしそうな香りを出している。


「なる特性、ミートローフよ!」

「みみみ、みーとろーふ!」


 俺は食べたこともないおしゃれな名前のハンバーグに心を躍らせながら、置いてある箸で食べようとした。


「いただき……」

「ちょっとまった!写真撮らせなさいよ!」

「あ、すまん!映えな年頃か!」

「あ?」

「さ、サーセン」


 なるたんは、不気味な笑みを浮かべながら、食べる前、二つのお皿を並べ、パシャリと写真を撮っていた。絶対表舞台では見せないその笑みは超激レアではあるが、めちゃくちゃ怖い。とてつもないたくらみを感じる。


「そういえば、ライブでの炎上発言は大成功だったわ」

「え?最後の?」

「そう、意味深は良い炎上ムードを作るのよ」

「ムードってなんだよ……」


 写真を撮りながら、彼女はふふふふと笑っていた。これが彼女の通常運転なのだろうか。


「ハイ、食べましょう」

「おおおう、いただきます」

「どーぞ!」


 撮り終えたのか、急に食べようモードになり、俺はなるたんの作った手料理を味わった。食べたことのないおしゃれな味は、おいしく、ジューシーで、俺の胸にテクニカルヒットだった。


「お、おいしすぎます。こんな美味しい飯は初めてでございます」

「そう、ならよかったわ、てかなに急に敬語になってんの」


 もぐもぐと頬張る俺を満足そうになるたんは見ていた。なるたんの手料理、なるたんのエプロン姿、なるたんの家。はあ、今日もやばい。心臓をもっと強くしなければ。


 未だに目の前がなるたんだなんて信じられない。


 でも、俺は一生愛すると誓った、推しの手料理を食べているのだ。


「こんな奥さん欲しいなあ」


――――バタカタンッッ


 俺がぽつりと呟くと、なるたんは顔を真っ赤にして、持っていた箸を投げていた。


「な、何言ってんのよ!!!!」


「いや、俺独身だからさ、てかどうしたの」

「ああ、そうりゃそうよね。いや、こんなに私なんか推していたら無理よ」

「いや、それ、なるたんが言っちゃあ……てか、なるたんのせいだかんな!だから結婚できてないんだぞ!」


 あ、やべ、またあの冷めた顔で怒られるかも、そんな風に思っていたら、落ち着いた声で、なるたんは俺に聞いてきた。


「彼女とかはいないわけ?」

「え?彼女?」

「ほ、ほら、孤独死だけは……辞めた方がいいから、彼女くらいいた方がいいわよ」

「いや、いない。まあ、職場の後輩は俺にアタックしてくるけど、今好きな人いるからさ。てか、この歳で孤独死って何」


 この歳で孤独死を話題にするなんて、初めて聞いたぞ。最近の若い子は、物知りだな。てか、なるたん顔真っ赤だけれど、大丈夫か?熱とかあるんじゃないだろうな。



「へ、へええええ、そうなんだ、す、好きな人ってどんな人なの?」



「なるたんしかいねえよ!!!!!」



 そう叫ぶと、なるたんはものすごい勢いで俺を家から急に追い出そうとした。



「え、ちょ、なん、なに!?なるたん!?」



「ばっかじゃないの!!国民級のアイドルよ!!!!」



――――バタンツツツツ



「お、おーい……」



 どうやら、気が付けば俺は外に放り出されてしまったらしい。何回ドアをノックしても、返事が聞こえてくることも、ドアが開くこともなかった。


 なんだったんだ、と頭にはてなを浮かべながら、とぼとぼ帰っていると、なるたんのミンスタの更新通知が来ていた。


〝♯手料理 ♯ミートローフ ♯上手くできた ♯幸せ〟


 二つの皿が並び、秒の速さでコメント欄が荒れていた。


「この為かよ……まったくなるたんってば」


 俺は荒れ狂うコメントの中に〝なるたんは俺のだぞ〟とバレぬよう、周りのファンと同じような気持ちになりすまし、コメントを投稿した。だって、バレたら怖いし。


 そして、翌日の週刊誌には〝半同棲か!?男は週半分家に乗り込む!〟なんて、盛られた記事を書かれて更なる炎上を巻き起こしていた。あの日、なるたんは手料理で匂わせ投稿をしたかったのだろう。家の前にきっとパパラッチがスタンバってたのだろうか。もちろん、俺はモザイクを着ている。


 もう、恐ろしいほど、炎は燃え広がり、殺すだの〇ねだの、言葉は凶器となり俺を刺している。あの手料理投稿だけで、男がいると匂わせて、ファンを混乱へと導いてしまっていた。



 そして、その混乱の燃え狂う炎の火は、飛んで飛んで、飛び火して、俺のすぐそばに、迫っていた。

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