第63話 伝えられなかった言葉


 空は晴れ渡り、何処どこまでも続く青色。

 キラキラと太陽の光に反射する穏やかな海。


 少し離れた場所にはお店が立ち並んでいる。

 お土産屋や洋服店、レストランなど色々だ。


 あんな事件の後だというのに――何事なにごともなかったように観光客が歩いていた。


「それもうそうか……あの人達は認識すら、出来ていないもんね」


 とわたしの言葉に――平和でいいじゃないか――と飛竜ひりゅう君。

 彼に誘われて、港まで来たのはいい。


 だが――そこで突如、霧が発生してしまう。

 例の失踪しっそう事件だと気が付いた時には、もう遅かった。


 その霧により、港へと来た旅客船が忽然こつぜんと姿を消してしまったのだ。

 わたしはおどろく事しか出来なかった。


「まさか、あんな事件に巻き込まれるなんて、思ってもみなかったよ」


 わたしの一言に――すまない――と飛竜ひりゅう君。

 ネムちゃんもうなずく。


(別にネムちゃん達が悪い訳ではないのだけれど……)


 例によって例のごとく、わたしは服を失ってしまった。

 今は、影から作り出したサンドレスをまとっている状態だ。


 修行の成果だろう。前回よりも、しっかりとした作りになっている。

 【魔力】に余裕があるので、防御力も上がっている――のかも知れない。


 それに前回は街中だったが、ここはリゾート地だ。

 この恰好でも違和感がない。


 ――とは言えないよね。


なにせ、真っ黒だもん……)


 高校生がちょっと背伸びをして、大人な恰好をしている。

 そんな感じに見えなくもなかった。


(もう少し、工夫が必要かな?)


 帽子やサングラスも欲しいところだ。

 まぁ、消えてなくならないだけでも、良しとすべきか。


なんにせよ、事件が解決して良かったよ」


 わたしの台詞に、


「ああ、今回はユズに助けられたな……」


 飛竜ひりゅう君がそう言った後、ネムちゃんが――ありがとう――と言う。


「たまたまだよ――敵の能力と【使い魔】のレージの相性が良かっただけだよ」


 わたしはそう言って、懐中時計を見せた。


(直前まで、レージの存在を忘れていた事は内緒にしよう)


謙遜けんそんするなよ」


 とは飛竜ひりゅう君。


「【使い魔】も……ユズの力……」


 ネムちゃんもそう言ってくれたので、わたしは――えへへ、そうかな?――と少しだけ調子に乗った。


「で、誰が来るの?」


 事件も無事解決し、わたし達は船の到着を待っていた。

 しかし、誰が来るのか――それを教えてもらってはいない。


「もしかして――と思って、探すように頼んでもらったんだ」


 飛竜ひりゅう君の説明に――だから、なにを?――とわたしは首をかしげる。


「操られていたのが原因……だと思う」


 とはネムちゃん。益々ますますって分からない。


「だから【術者】としての適性に目覚めて――どうやら、降りて来たようだぜ」


 飛竜ひりゅう君にうながされ、無事、入港した旅客船に視線を向ける。


「ユズ……頑張って!」


 とネムちゃんから、謎の声援を送られる。


(いったい、なにを?)


 疑問符が頭に浮かんだ。結局、誰が来るのか分からずじまいだ。

 確か――この船で来るのは、観光客か月神家の関係者。


 もしくは、人外の者だ。


(まさか……また、戦わされたりしないよね?)


 わたしが不安に思っていると、停泊した船から次々に旅行客が降りて来た。

 この旅客船も、夜には海上レストランへと変わるらしい。 


 しばらく、黙って見ていたのだけれど、その姿を見て――わたしは駆け出していた。


 ――間違いないよ!


「アレじゃないのか――って、早っ!」


 飛竜ひりゅう君のそんな声が後ろから聞こえた。

 フフフッ――という、ネムちゃんの笑い声もだ。


 丁度、船から降りて来た彼の前で、わたしは立ち止まる。


(どうしよう……彼がわたしの事、覚えているはずがないよ……)


 わたしは目をつむり、祈るようにうつむく。

 そのまま黙っていると、次々に観光客達はわたしの横を通り過ぎて行った。


(ほらね、彼がわたしに気が付く事なんてないんだ……)


 わたしが顔を上げると、誰も居なくなっていた。

 なにを期待していたのだろう。むなしさだけが込み上げて来る。


「あの……」


 聞き覚えのある青年の声に、わたしは振り向く。


「道をいても――いいかな?」


「はい……」


 わたしはそう返事をして、彼の正面に立つ。


「ここに行きたいんだけれど……」


 そう言って、見せてくれた地図に――ポツリ――としずくが落ちた。

 雨ではない。


「泣いているの?」


 わたしの言葉で、彼は初めて自分が泣いている事に気が付いたようだ。

 可笑おかしいな――と慌てて涙をぬぐう。


「君を見ていると、何故なぜか涙が出て来るんだ……」


 道を尋ねたのも、話し掛ける口実が欲しかったんだ――と告げる。


「どうして?」


 わたしの質問に、


「分からない……」


 彼は首を横に振る。そして続けて、


「でも、失くしたと思っていた心の隙間が埋まる――そんな感じがするよ」


 彼はそう言いながら、旅行鞄を下に置き、胸へと手を当てた。

 わたしは、そんな彼の名前を呼ぶ。


「ルカ君……」


「ユズ……」


 見詰め合うわたし達。言いたい事、たい事は沢山ある。

 彼は【守人もりと】になるのだろうか?


(だから、この島に来たの?)


 ――いや、違う!


 わたしがきたいのは、そんな事じゃない。

 でも、怖かった。忘れられているという、その事実が……。


「覚えて……いるの?」


 わたしの質問に――分からない――ルカ君は首を横に振った。


「でも……」


 なんとか言葉を続けようとするルカ君。


「でも――なに?」


(再会出来ただけで、こんなにも嬉しいだなんて――)


 わたしは笑顔を我慢がまんして、彼の言葉を待つ。

 ルカ君はゆっくりと口を開いた。


「君に会いに来たんだと思う」


 その言葉で、わたしの目にも涙が浮かんでしまった。

 思わず、両手で口元をおおう。


 いつの間にか太陽もかたむき、な夕焼け空になっていた。


「いや、今思い出したよ……どうしようもないくらい、君が好きなんだ」


 いつかの光景を思い出す――あの狂った世界の紅を。

 そして忘れない――この優しい世界の赤を。


「知ってるよ……でもね」


 ――わたしだって、君が好きなんだよ。


 それはあの日、わたしが伝えられなかった言葉だ。

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