第50話 じゃ、行って来るね


「おいっ、危ないぜ!」


 飛竜ひりゅう君がネムちゃんを抱き締め、わたしとルカ君のそばに来る。

 そして、槍の先端を空に突き刺すようにかかげた。


 すると、ドーム状の氷の壁が展開される。


 パリンッ! ガシャン! ガシャン!――


 きゃっ――わたしは短く悲鳴を上げた。

 どうやら、上からガラスの破片が落ちてきたようだ。


 しかし、当たる事はない。


「怪我はないか?」


 飛竜君はそう言って、【氷】の【術】を解くとひざを突いた。

 軽く深呼吸をして、息を整えると、


「わりぃ……あの鎧の姿、【巫力ふりょく】の消費が激しいんだ」


 苦しそう言う。


「あ、ありがとう」


 わたしがお礼を言うと――それより――と指を差す。

 丁度、そこに一人の少女が空からって来る。


 シュタッ――と見事に着地をした。


 ――ヒナタちゃん!


(良かったぁ……無事だったのね! 怪我はしてないよね?)


 どうやら、氷で足場を作り、器用に下りて来たようだ。


「すまない、逃がした」


 とはトーヤ少年の声だ。ヒナタちゃんの持つ短刀から、人間の姿に戻る。


「無事だったのね」


 わたしの言葉に、


「お姉ちゃんも……」


 とヒナタちゃん。一方で、


「やはり、喰われたか……」


 突如現れた闇に、身体をすべて飲み込まれたのだろう。

 先程まで髭の紳士が居たそこには、もうなにも残されてはいなかった。


「――となると次は……」


 そうつぶやくトーヤ少年にならい、皆も同じ方向を見る。

 先程まで、レン兄が戦っていた場所だ。


 かすかに、紅い光の粒子のようなモノが舞っている。


「多分、図体ずうたいが大きい分……喰われるよりも消滅の方が早かったようだな」


 飛竜君がつぶやく。

 となると――


(残っているのはレージと、あの帽子の少女ね)


「もう……終わった」


 ネムちゃんはそう言って、杖で地面を突いた。

 すると再び、空が砕ける。


うそっ! どういう事?」


 おどろくわたし。紅かった空は、青い空へと戻って行く。


(本当の空の色だ!)


 レージは――わたしが世界を終わらせた――そんな風に言っていた。


(でも、終わってはいなかったんだ!)


「どうもこうもない――この世界は終わってなどいない」


 とはトーヤ少年。サヤちゃんから口止めされていたのだろう。

 もういい――と判断したようだ。


「奴らが紅い空を青く擬態ぎたいしていたように、姫様は更に空を紅く擬態ぎたいしたんだ」


(なるほど、つまり――敵の裏をかいた――という事ね!)


 ――でも、なんのために?


「最初からユズをおとりにする作戦……」


 ネムちゃんが教えてくれたのだが、良く分からない。


(ん……どういうこと?)


 首をかしげるわたしに対し、


「【魔女】……説明はボクがする」


 とトーヤ少年。少し面倒そうな表情で、


「最初にこの世界に来た時、リムとユズだけ、別行動させていただろ?」


「うん」


(カフェでショーコと出会った日だね)


「【怪異】達がお前と接触をはかると踏んで、おとりに使ったんだ」


ひどい話だけど……それは聞いたよ?)


 過ぎた話だったが、不満がわたしの顔に出ていたのだろうか?

 トーヤは続けて、


「一番の被害者は、護衛役のリムだと思うけどね……」


 そんな嫌味を言う。その通りなので、言い返せない。


(いえ、そもそもおとりなんかにしなければ……)


「紅い空には最初から気が付いていた」


 問題は【怪異】がそういう知恵を持っているという事だ――とトーヤ少年。


(確かに、頭がいいと厄介やっかいよね)


「相手の数も分からない――そこで【怪異】の作戦を利用する事にした」


 トーヤ少年の説明に、


「つまり、空が紅く染まったから、油断して【怪異】達が姿を現した……」


 わたしはつぶやく。

 【神子みこ】であるのなら、世界を修復するために能力を使うはずだ。


 【怪異】達としては逃げる事も出来た。

 だが、【神子】を倒す機会チャンスだと判断したようだ。


 ――いや、最初からレン兄もトーヤ少年も弱いフリをしていた!


(これは勝てると思って、隠れていた【怪異】達がすべて出て来た――という訳ね)


「お前、本当にユズか?」


 トーヤ少年は失礼な事を言う。

 わたしの事をバカだと思っているのだろうか?


「それくらい分かるよ!」


 と言い返しておく。


「まぁ、作戦を考えたのはシキさんだろうけどね」


 トーヤ少年は何故なぜか得意気に言う。


(どれだけシキ君の事、好きなのよ!)


 ――気持ちは分かるけど……。


「ちょっと待って!」


 とわたし。作戦もいいけど、あの帽子の少女が次に狙うのは――レージだ。


(でも、時間を止める能力を持っているのよね)


 つまり、彼の相手を出来るのはサヤちゃんだけになる。


「サヤちゃんは何処どこ?」


 リムも居ない――と慌てるわたしに、


「落ち着け」


 とトーヤ少年。ネムちゃんが、


「消耗がはげしい――彼を回収して、離脱すべき」


 そう言って、レン兄が居ると思われる方向を指差す。


(確かに、そうだけど……そうなんだろうけど……)


 ――わたしには、やるべき事がある。


「そっちは俺が行くよ」


 と飛竜君は立ち上がった。明らかに無理をしている様子だ。

 でも、少しカッコイイ。


「どうせ、お前達は【巫力ふりょく】が残ってないんだろ?」


「……」


 飛竜君に図星を突かれたのか、トーヤ少年は押し黙った。


「俺が向こうの奴を回収するから、ネムは皆を守れ――」


「先輩……」


 ネムちゃんはなにか言おうとして、それをめる。

 多分、『信頼』というヤツだ。


 わたしから見ても、明らかに無茶をしているのが分かる。

 でも――


(ネムちゃんには、言葉以上のなにかが伝わっているんだね)


「おい、ユズっち」


なに、飛竜君?」


「やる事がある――って顔をしてるぜ」


 そう言って、彼は歩いて行った。レン兄の事は任せて大丈夫だろう。

 わたしは――ヒナタちゃん――と声を掛ける。


なに? お姉ちゃん……」


「ヒナタちゃんにお願いがあるの」


「うん」


「わたしの大切な人を守って」


 そう言って、わたしはその場でルカ君をゆっくりと離した。

 ひざを突く姿のルカ君と別れるのは、正直、すごつらい。


 でも――


「ネムちゃん、わたしの大好きな人達をお願い」


「ユズは……」


「わたしはケジメを付けてくるよ」


 そう言って、笑ってみせる。すべてはわたしが引き金のようだ。

 トーヤ少年は不服な様子だったが、なにも言わなかった。


「じゃ、行って来るね」


 わたしはサヤちゃんの元へと走った。

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