第29話 相手の胸を見ればいいんだよ☆


「――という訳で紹介しまーす! 『灰原はいばら硝子しょうこ』ちゃんです!」


 はい、拍手ぅ!――とわたし。


 ――ドンドン! パフパフ~!


『……』


 ――あれ、リアクションなし?


(二人ともノリが悪い?)


 基本的に表情の変化が少なく、動じた様子のないサヤちゃん。

 わたしに対し、めた視線を向けてくるリム。


 今は昼休み――場所は料理教室。

 入手した鍵を使い、先にサヤちゃん達を教室の中へと入れた時だ。


 わたしはお弁当を持って、コソコソしていた彼女を発見する。

 一人だったので、早速連行した――という訳だ。


「あ、あの……夕月さん?」


「もう、ユズっちでいいのに――」


 何処どこおびえた様子のショーコちゃん。

 わたしは彼女を安心させるため、笑顔を見せた。


「お嬢様――先日、ユズがカフェで知り合ったという少女です」


 リムがサヤちゃんに説明してくれる。


 ――ありがとう。


 わたしがウインクをすると――フンッ、ユズが説明しないからよ――とでも言いたいのだろうか? そんな視線を返される。


 昼休みという事もあり、他に生徒は誰も居ない。

 サヤちゃんから――教室は騒がしいから静かな場所を探して――とたのまれていた。


(教室の皆は、まだサヤちゃんから距離を置いてるもんね)


 彼女なりに空気を読んで、教室を出たのだろう。

 わたしは仲良くなった女の子から、家庭科の先生を教えてもらった。


 そして、シキ君と練習した黒魔術の一つを使用する事にしたのだ。


(催眠術のようなモノね)


 簡単なお願いなら、相手は聞いてくれるらしい。

 そして、その先生から料理教室の鍵を借りる事に成功した。


(上手く行って良かった)


 シキ君からは、【術】の多用を禁じられている。

 未熟なわたしは、まだ【術】を返される可能性が高い。


 ――でも、安心して!


 あまり使うつもりはない。それというのも――


(わたしの場合、【術】を使うと……)


 ――何故なぜか、お腹が減るんだよね。


 今回は――わたしがサヤちゃんの付き人――である事が影響したのだろう。

 朔乃宮家はこの辺り一帯において権力がある――という設定らしい。


(大抵の大人は、権力に弱いもんね)


 相手と目を合わせ、心のすきを突くなど、条件が必要な【術】だ。

 しかし――ユズっちにはピッタリの【魔法】ですね――とシキ君は言っていた。


 ――結果、こうして落ち着ける場所を確保出来た訳だけど……。


 彼の言葉が少し引っ掛かる。

 人をあやつる【術】の何処どこが、わたしにピッタリなのだろう。


(うんん、シキ君の言葉の意味は、あまり考えないようにしよう)


「ちょっと、ユズ……貴女あなたねぇ」


 そう言ってわたしを引っ張り、移動させようとするリム。

 しかし、そんな彼女に、


「璃夢――大丈夫よ」


 とサヤちゃんは告げる。そして、席に着くと、


「灰原さんね。初めまして――私は『朔乃宮さくのみや桜夜さや』」


 優子の飼い主よ――と続ける。


(そう、わたしのご主人様!)


 ――ってどんな紹介⁉


(いや、今はわたしのお嬢様でした)


「し、知ってます――よ、よろしく……」


 予想はしていたが、どうやらショーコちゃんは他人ひとと視線を合わせるのが苦手らしい。サヤちゃんの顔を見ずに挨拶あいさつをする。


(まぁ、サヤちゃんは美人だし、目力があるからね)


 普通の人でも、つい視線をらしてしまうだろう。


「もー、緊張しなくてもいいのに……そうだ! 確か、目を合わせるのが苦手な場合は、相手の胸を見ればいいんだよ☆」


 とわたしは教えてあげる。


(あれ、間違えた……あご? 鼻だったかな?)


「そう、胸ね……」「胸ですね」「胸……」


 ――はて? 三人とも、どうしてわたしの胸を見るの?


(実は……また大きくなったんだよね)


 ――はう~、ダイエット頑張ろう!


 でも、そのためには筋肉が必要だ。

 筋肉をつけるためには運動、運動のためには食事――という事で、


「そ、それよりも食べましょう!」


 休み時間が終わっちゃいますよ――とわたし。

 早速、シキ君が用意してくれた重箱の包みを開け、お弁当を並べる。


「うわぁー、流石さすがはシキ君! これって、運動会のお弁当だよね!」


 ――こういうの、一度食べてみたかったの!


(一人では量が多くて無理だけど、皆でワイワイ食べるのがいいよね!)


 多分、サヤちゃんとリムの好きな物も入っているはずだ。

 ご丁寧ていねいに、デザートまでついている。


 ――杏仁豆腐だね!


 見た目も可愛く、ラップをいた小さなカップに幾つか分けられている。

 これなら、こぼれる心配もない。


「お嬢様、何になさいますか?」


 お取りします――とわたしは従者の演技でサヤちゃんに聞く。

 すると、


「私はいいから、灰原さんの相手をしてあげなさい」


 サヤちゃんにそう言われ、わたしは――はい――と答えた。

 両手を――パンッ――と合わせ、


「ショーコちゃん、食べたいのがあったら、遠慮しないで言ってね!」


 笑顔を向ける。


「だ、大丈夫……」


 そう答えるショーコちゃんに――これなんか美味しそうだよ――と料理を見せた。


(まぁ、ショーコちゃんもお弁当があるから、無理強いは出来ない)


「好きなモノを教えて! 早くしないと、わたしが全部食べちゃうよ☆」


「そうね……璃夢も早く食べなさい――優子に全部食べられるわよ」


 ――サヤちゃん!


(今のは冗談で言ったんだよ?)


流石さすがのわたしでも、本当にそんな事はしないよ……」


(ご主人様なら、もう少し信用してくれてもいいと思う)


 わたしが言い訳をしていると、


「そう言えば、ダイエットしているのよね」


 とはリム。


「お菓子も食べたていたし、これはらないわね」


 そう言って、わたしからデザートを遠ざける。


 ――いやー!


「ゆ、夕飯を減らすから、勘弁してぇ!」


 特別教室が並ぶ静かな廊下に、わたしの声がひびいた。

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