第9話 違和感

ウィリアム様の仮の護衛騎士になってから数日。

後ろから聞こえてくるひそひそ…ひそひそ…と囁く声と不躾な視線に、私は

(またか…)

と溜息をついた。















最初に感じた違和感。

それは『ウィリアム様が自分で何でもやってしまう』ということだった。

紅茶を淹れる事から始まり、ランプの手入れや身支度に至るまで、本来であれば使用人がやるべき作業をだいたい彼は1人でこなしてしまう。

何故だろう、と思い周りを見渡せば『使用人がウィリアム様の周りに近寄らないからだ』という事に気がついた。




次の違和感は、視線。

書庫に取りに行きたい本があるから行ってくる、とウィリアム様が部屋を出たので、共に廊下を移動している時だった。

廊下で使用人たちと行き交うと、彼らは慌てて頭を下げてウィリアム様に道を譲った。

深く頭を下げて沈黙する彼らは、ウィリアム様から話しかけられるのを避けようとしているように見えた。

通り過ぎたあと、後ろから視線を感じて振り返れば先程の使用人たちがこちらを見ながらこそこそと耳打ちしあっていた。

私と目が合った彼らは慌てたように去っていったが、背中に残った視線の不快感は消える事が無かった。




その次の違和感は、食事。

ウィリアム様が食堂へ行くとムーア公爵と夫人は食事を終えた後らしく、既に食堂にいなかった。

いつものことなのかウィリアム様は特に気にする様子もなく椅子に腰掛ける。

食事が運ばれてくるが…スープも、メインディッシュも、食後のコーヒーでさえも冷え冷えとしていて、仮にも主に出すものとは思えない様相を呈していた。

しかしウィリアム様は慣れた様子で冷えた料理を咀嚼し続ける。

その目には何の感情も浮かんでいなかった。








使用人に遠巻きにされていても。

親たるムーア公爵と公爵夫人から無いもののように扱われても。



彼は慣れたようにただ淡々と部屋で1人、本と向かい合っていて。

…そんなウィリアム様の目はいつも、凪いだ海のように穏やかだった。
















少しずつ降り積もるその違和感は、次第に私の中に芽生えた疑念を確信へと至らせた。


(そうか、ウィリアム様は…)

















ざあざあと冷たい雨が降り頻る午後。

私たちは1週間前のように向かい合って座っていた。




ウィリアム様は紅茶を一口飲み下す。


「…僕の兄上はとても良く出来た人だった。特に剣術が好きでね。昔、僕が体調を崩して臥せっていたらまだ幼かった兄上が玩具の剣を持ってやってきて、『ウィリアムの病気の原因を切る‼︎』なんて言いながら剣を振り回した事もあったよ」


ウィリアム様が薄く微笑む。


「兄上は頭が良くて、活力に満ち溢れていて、愛嬌があって、父上にも母上にも使用人たちにも愛されていた。無論、僕も兄上の事が大好きだった。病弱で部屋からすら出られない幼い僕の所にやってきては、絵本を読み聞かせてくれた」


その時のことを思い出すかのように彼は窓の外へ目を向けた。





「僕が7歳の時、テオドール兄上は亡くなった。流行り病によって」





ざあざあという雨音が耳にこびりつく。

私は何も言葉を発する事なくジッと彼を見つめる。

彼はカップを受け皿に置くと、椅子に深く凭れ掛かった。


「兄上が亡くなってから、父上と母上の関係は急激に悪化した。父上は僕に『お前は病弱で、跡取りとして相応しくない』と言い、母上は僕に兄上の面影を見ては暗い顔をするようになった。父上と母上は、僕が18歳までに病弱な身体を克服できなければ、僕を辺境へと追放し、新たに養子を迎え入れ跡取りとすると決めた」


視線を落としながら彼は言葉を続ける。


「それから、使用人たちは僕に近づかないようになった。僕に近づいて、もしもの時に僕と共に辺境へ飛ばされる事を恐れたんだ」


淡々と話し続ける彼には何の表情も浮かんでいなかった。


「僕と仲良くしてくれた使用人もいたけれど、今はもうみんな居なくなってしまった。今残っているのは、皆僕を好奇の目で見る者ばかりだ」


そこまで話すと、ウィリアム様は不意に私の方へ目線を向けた。


「君が仮の護衛騎士になってから今日で1週間になる訳だけれど…」


彼が溜息をつく。


「もう、分かっただろう?…僕と一緒にいるという事の意味が」


目と目が合わさる。


「僕は次期公爵になれる保証もない。僕と共にいれば辺境に飛ばされる可能性すらある。しかも使用人たちからの好奇の視線からは逃れられない。君もこの1週間で体感しただろう?僕と共にいるだけで、使用人たちから遠巻きにされ、無いものかのように扱われるのを」








訪れた沈黙の間で、やけに大きく雨音が響く。


「もう一度君に聞くね」


ウィリアム様は諭すように、私の瞳を見つめながら問い掛けた。


「君は本当に、僕の護衛騎士になるの?」


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