第7話 チャンス
「んん〜‼︎お茶が美味しいわ‼暑い季節に飲む物は格別ね」
「この焼き菓子も美味い。この店当たりだったな。…ほら、リアも食えよ。あんた本日の主役だろ」
「ありがとう、頂くよ」
ライリーの差し出した皿から狐色に焼けた菓子を手に取る。
口に含むと素朴な甘さと香ばしさが口いっぱいに広がった。
窓の外に目を向ければ、夏特有の濃い緑色の街路樹が風に揺れている。
私は少しの間店の前の通りを眺めていたが、
「それにしても凄いわ‼︎総当たり戦で優勝するなんて‼さすがリアね」
というポピーの声を聞き2人の方へ視線を戻した。
「優勝なんて大層なものじゃない。総当たり戦と言っても見習いだけしか出ないんだから」
褒められるのが照れ臭くて思わず頬を掻くと、ライリーがにやにやと笑みを浮かべた。
「照れるなよ‼︎表彰式で『まぁ、及第点の身のこなしだったな』って教官にも褒められていただろ‼︎あ〜あ、オレも中々良い線行ったと思ったんだけどなぁ」
そう言いながら、ライリーは口に紅茶を含む。
彼は味わうようにゆっくりとそれを飲み下し、懐かしむような眼差しを私に向けた。
「オレたちが騎士団に入団してから、もう4年も経つのか…」
私が騎士団に入団した年から4年が過ぎ、私は12歳になった。
10歳頃から私の背はぐんぐん伸びて、今では子どもにしては背の高い部類となっている。
多くの者たちが剣を得物に選ぶ中で、私は槍を自分の得物とした。槍ならばもし私の身長が伸び悩んでもその分のリーチを補ってくれる。力勝負になっても、遠心力を上手く味方にすれば押し勝つ事が出来る。
将来、筋肉量の性差で他の騎士たちに遅れを取らないよう最小限の力で適切な動きが出来るよう修練を積み、私は独自の身のこなしを身につけた。
結果的に見習いたちによって行われる総当たりトーナメントで勝ち上がり、1番になるまでに至ったのである。
「なぁリア。オレ、そろそろ騎士団を出ようと思うよ」
そんな言葉が聞こえてきて、私は思わずライリーの顔を見つめた。
ポピーは既にその事を知っていたのか表情を変えていない。
「…ライリーは、いずれモーガン商家を継ぐって言っていたもんね。だけど、そうか…寂しくなるね」
私がそう言うと彼は頷いた。
「商人として自分の身は自分で守れるようになるため騎士団に入団して、もうだいぶ経つ。騎士団の仲間と離れるのはオレも寂しいけど、そろそろ家に戻って商人としての心得を本格的に学んでいかなきゃいけない」
ライリーが紅茶を口に含む。
そんな彼にポピーがにやにやとした視線を向けた。
「騎士団は激務続きで愛しの婚約者様と会えないのがつらいっていうのも騎士団を辞める理由の一つよね?」
彼女がそう揶揄うように笑えば、彼は紅茶を噴き出しかけて咳き込んだ。
「ポピー…‼︎」
ライリーは恨めしげな顔をしてポピーを軽く睨むが、睨まれた当の彼女は涼しい顔で焼き菓子を摘んでいる。
「だって本当の事じゃない。先週末も会いに行っていたんでしょう?」
「………」
彼は沈黙によって肯定した。
心なしか耳が赤い気がする。
「しょうがないだろ…。彼女は子爵令嬢だから仕事として茶会に参加しなくちゃいけない。それがことごとく騎士団の休日に被るんだから、たまに休みが被った時くらい会いたいと思うさ」
ぼそぼそとそう言うライリーを見て微笑ましく思っていると、ポピーがぺしぺしとライリーの肩を叩いた。
「自分の弟ながら羨ましいわ‼︎はぁ〜、わたしにもどなたか素敵な方が現れないかしら…」
ふぅ、と溜息をついたポピーは私と視線が合うと
「リアはこれからも騎士団を続けるのでしょう?」
と尋ねてきた。
「うん、そのつもり。今度の承認試験を受けようと思っている。承認試験は12歳から受けられるから…」
「受けられる歳になったら即刻受けに行くなんてリアらしいわ‼︎承認試験に受かったら騎士見習いじゃなくて正式な騎士になるのよね?受かった暁には、また3人で集まってお祝いしましょう‼︎」
にこりと微笑むポピーに、
「気が早いよ…」
と思わず苦笑する。
「リアの承認お祝いに、ライリーの退所記念…。うふふ、忙しくなりそうね‼︎」
ポピーが一層笑みを深めた。
それから。
秋深まる頃にライリーは実家で商いの勉強をするため退所し、同時期に私は騎士団の承認試験に合格した。
騎士団の同期たちとライリーの送別会をした翌日、私とライリーとポピーの3人で集まり、私の騎士承認とライリーの退所記念を祝った。
ウィリアム様の護衛騎士になりたいのだと私が話して以来応援してくれていたこの友人たちは、私が正式な騎士になり護衛騎士へ一歩近づいた事を大層喜んでくれた。
私はその様子を見ながら
(これからは忙しくなってこの2人とも中々会えなくなるかもしれない…)
と寂しかったが、私のその表情を見ていたらしい2人から「これからも折を見て連絡を取り合おう」と約束を持ちかけられ、『絶対にこの縁を疎遠になんてさせない』という彼らの強い意志を感じて嬉しく思った。
冬になり、冷たい風が吹き荒れる頃。
底冷えがする廊下を歩き、私は駐屯地の中腹にある騎士団長の執務室へと向かっていた。
ムーア公爵家騎士団は大きく2つに分ける事ができる。
1つは、街の見廻りや有事の際の出兵を請け負う治安維持部隊。
もう1つは、ムーア公爵家の邸内に在中し主の身辺警護をする警護部隊だ。
それぞれの部隊に1人づつ騎士団長が存在するが、私が今回呼ばれているのは上司…治安維持部隊騎士団長の方である。
物々しい扉をノックする。
「失礼致します。リア・フローレスです」
そう名乗りながら扉を開けると、部屋の中には数名の年若い騎士たちが集められていた。
彼らに倣って、手を後ろに組み背筋を伸ばして騎士団長の言葉を待つ。
「揃ったな」
隆々とした筋肉をした騎士団長…レオ・モーリスは姿勢を正す私たちを見渡す。
「…諸君らを呼んだのは警護部隊へ推薦する者を決めるためだ」
主の身辺警護をする警護部隊は見習いを取らない。
治安維持部隊が毎年大量の見習いを育てて騎士としての素地を養い、治安維持部隊の騎士たち中でも優秀な者が推薦されて警護部隊となる。
騎士団長の言葉を聞き、部屋の中にいる騎士たちが俄に沸き立つ。
それを騎士団長が手で制した。
「年若い騎士たちばかり集めたのは、他でもない。諸君らのうち誰か1人を公爵家令息ウィリアム様の筆頭護衛騎士として推薦したい」
騎士団長がそう言うと、先程まで沸き立っていた若い騎士たちが困惑の表情で顔を見合わせた。
ウィリアム様は身体が弱い。
その為社交会にあまり出席できず、現公爵や公爵夫人から冷遇されていると風の噂で聞き及んでいる。
そのウィリアム様を支える筆頭護衛騎士ともなれば、ウィリアム様と命運を共にする覚悟が必要だ。
ウィリアム様が後継として失墜すれば、諸共にこの領地から追放される危険もある。
それを知っているのだろう。
集められた若い騎士たちは戸惑うように視線を彷徨わせている。
「諸君らの中で、公爵家令息の護衛騎士を希望する者はあるか」
騎士団長の再びの問い掛けに気まずげに沈黙する騎士たち。
その中で。
「希望します‼︎」
大音声でそう言えば、騎士団長は僅かに目を細めた。
「所属と名は」
「第七部隊所属、リア・フローレスです」
騎士団長は手元の紙束をぺらぺらと捲ると、視線を動かした。
「…なるほど。総当たり戦で優勝し、先日承認試験を受かった元見習いか。数名の教官が推薦している。年齢的にも実力的にも申し分ない、が…」
騎士団長が私に鋭い視線を向ける。
「本当に、良いのだな?」
ジリジリとした重圧を感じながら、私はしかと頷いた。
「はい。ウィリアム様の盾となり、命運を共にする覚悟です」
騎士団長はそんな私を暫く見つめていたが、他の騎士たちが名乗りを上げないのを見て
「いいだろう、よく励みなさい。…公爵家令息の筆頭護衛騎士はフローレスで決定した。退出を許可する」
と通達した。
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