第19話

一度あたしの顔を確認した吉田さんは恐る恐ると言った様子で階段に足をかけた。



なにも起こらないことを確認して、一歩一歩上っていく。



あたしは下からその様子を確認し、そっと階段から下りた。



スマホで時間を確認してみると、あと10分ほどで階段が消滅する。



「本物の階段だ……」



中央まで移動した吉田さんが唖然とした表情を浮かべて呟いた。



「だから言ったでしょ?」



「こ、こんなの嘘に決まってる。きっと、夢をみてるんだ」



吉田さんはそう言うと自分の頬をつねり、痛がっている。



「夢だと思うなら、もっと上まで行ってみたら?」



あたしは下から吉田さんへ声をかけた。



その言葉に吉田さんはビクリと体を震わせ、闇に包まれた階段上部を見つめた。



「あそこまで行ったらどうなるの?」



「どうにもならないよ。だってこれは夢だから」



意地悪く答えると、吉田さんはムッとした表情を浮かべた。



そして階段上部へと視線を向ける。



しばらくその場でどうしようか思案していた様子だけれど、やがて決心したようにまた階段を上がり始めた。



あたしは何度もスマホで時間を確認する。



あと5分で階段は消滅する。



吉田さんはそんなこととは知らずにゆっくりゆっくり、怯えながら階段を上がっていく。



階段上部を目前にして、吉田さんは足を止めた。



さすがに自分から闇の中に入っていく勇気はないみたいだ。



「なにこの闇……」



寒いのか、吉田さんは自分の両腕をさすりはじめた。



あたしはスマホを確認する。



あと3分だ。



「闇の中に入ってみればいいのに」



声をかけると吉田さんは一旦振り向き、あたしを睨んだ。



あたしはペロッと舌を出して見せる。



あと2分。



吉田さんはマジマジと闇を見つめ、そしてスマホで撮影しはじめた。



後からマナミたちに報告するためだろう。



階段の上からパシャパシャと何度かやったー音が聞こえてくる。



あと1分。



あたしは吉田さんに気がつかれないよう、そっと後ずさりをした。



あと50秒



吉田さんは闇へ手を伸ばして見たりしている。



けれどなにもないようだ。



あと30秒。



あたしの鼓動はどんどん速くなっていく。



これからなにが起こるのか、想像もできない。



あと10秒。



吉田さんが体ごと振り向き「なにもないみたい」と、声をかけてくる。



あと5秒。



「そうなんだ?」



吉田さんは写真を撮りながらゆっくりゆっくりと階段を下りはじめる。



あと3秒。



あたしは後ずさりをして階段から離れていく。



あと1秒。



後ずさりをするあたしを見て吉田さんが怪訝な顔をした。



次の瞬間だった。



パンッと弾けるようにして13階段が消滅するのを見た。



それは音もなく、残骸ひとつ残すことなく消え去った。



後に残ったのはもともとあるコンクリートの壁だけ。



あたしは呼吸をすることも忘れてその光景を見つめていた。



13階段の上部にあった闇も、そして吉田さんも、どこにもいない。



「よ、吉田さん?」



声をかけてみても返答はなかった。



屋上へとつながる階段を上って周囲を確認しても、吉田さんの姿はない。



「階段と一緒に消滅した……?」



誰もいなくなった階段で、あたしは呟いたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る