第82話教会のホールにて 元と実母本多美智子

シスター・アンジェラに連れられて、元の祖母本多佳子と、実母本多美智子が、ホールに入った。


本多佳子と本多美智子は、途端に目頭を抑えるけれど、シスター・アンジェラがそれを制した。

「元君は、練習には厳しいようで、気にするかもしれません」

「確かに、今すぐにでも、抱きつきたいと思われますが」

「元君は、お二人との血縁関係のことは、何も知りませんので、混乱してしまいます」

「今は、何とか無事に生きている姿を見られた、とのことに」


本多佳子と本多美智子は、深く頷き、ホールの後方の椅子に並んで座る。


練習している曲は、カッチーニのアヴェマリア。

元がオルガンを弾き、春麗がソプラノを響かせている。


シスター・アンジェラが二人に春麗を紹介。

「歌っているのは看護師の春麗と言います」

「由比ガ浜で元君が暴行され怪我をして以来、ずっと面倒を見させています」

「後で、挨拶させます」

「元君には、先ほど申した通り秘密ですが、春麗にはあなた方のことを伝えてあります」


本多佳子は、また涙を流す。

「本当に申し訳ございません、何から何まで」


本多美智子は、涙を隠そうとしない。

元と春麗のアヴェマリアを聴く。

「実の息子・・・ですが」

「実の母と、してくれるのか」

「でも・・・心に沁みる・・・素晴らしいアヴェマリアで」


シスター・アンジェラは、そっと聞く。

「プロの超一流音楽家としては?」


本多美智子

「はい・・・そのまま・・・ニューヨークでも」

「どこに出しても」

「テクニックは問題ありません」

「リズムが厳しめですが、それでいて、しっかり歌心がある」

「薄くて軽い演奏家ではありません」

「深くて、心に沁みて」

「いつまででも聴いていたい」

「でも・・・どこかに・・・寂しさがある」

「それが、また聴く人の心を惹き付ける」


シスター・アンジェラは、また、そっと聞く。

「お荷物の中に、ヴァイオリンはあるでしょうか?」


本多美智子は、驚いて、シスター・アンジェラの顔を見る。

「共演を?」


シスター・アンジェラ

「お望みであれば、私から元君に話します」

「それと、楽譜も少々、準備がありますが」


本多佳子

「美智子、弾きなさい」

「そうすれば、近くに行けるよ」


本多美智子は、ためらわなかった。

即座に、自分のキャリーケースから、ヴァイオリンを取り出した。


カッチーニのアヴェマリアが終わり、シスター・アンジェラは元の前に立った。

「元君、本多美智子さんが来ているよ」


元は、驚いたような顔。

「え?ニューヨークから?」

「本物ですか?何度も動画サイトでは見たり聴いたりしたけれど」

そして、本多美智子本人を見て、頭を下げる。

「初めてお目にかかります」

「ご高名な本多様、恥ずかしい演奏を」


本多美智子は、懸命に涙を拭う。

「アヴェマリア、素晴らしかった」

「このまま、ニューヨークに連れて帰りたいほどです」

そして、じっと元を見た。

「一緒に・・・何か・・・いい?」


元は、「はい!」と大きな声。


後ろの座席では、本多佳子が、泣き崩れている。

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