第50話 爆散
ジャックとカインがクラーケンの体内へと入り込むと、クラーケンは動かなくなっていた。辺りはシンと静まり返り、空に浮かぶ満月が見下ろす戦地は荒廃している。もはや港としての機能を失っていた。兵士たちは離れたところで集まり、治療し、なにか深刻な話しをしているのか揉めている。
マリアは横目で兵士たちを見ながら、ビリーの治療をしていた。自らのチカラの反動で、皮膚の至る所が焼けただれてしまっている。
「いててて……」
「まったく……なんでこんな無茶を……」
言いながらも、マリアはその全身を覆う痛々しい火傷と水脹れから目を逸らせなかった。もし、自分のチカラが癒すチカラではなかったら、ビリーはこのまま死んでいるのだ。そう思うと、向こう見ずな戦い方をするビリーに腹がたった。
だが、それはあの子、ナナ・ウォレスとかいう女の子のためなのだろう。そう思うと、ビリーの無謀さを全否定することは出来なかった。女の子なら、男の子の頑張りを否定することはどうしても出来なかった。
〈男の子ってやつは……まったく。だんだん父さんに似てきてるって事なのかな?〉
「へへへっ……ぼく活躍できたっスかね?」
そう言って笑うビリーを見て、マリアは困ったような笑みを浮かべ、ただ一言だけ言わせてもらった。
「バカなんだから……」
***
ナナは上空を杖にまたがって飛び、カインとジャックが飛び込んでいった後を追いかけた。
クラーケンのあんぐりと開いた大口は、地獄の入口のように見える。暗く深い闇はこちらを見ているように感じる。むせ返る血の匂いに一瞬躊躇し、中へと飛び込むと、クラーケンの胎内とは思えないような空間が広がっていて、すぐさまナナは理解した。
〈これは……魔術結界? だが、入り込めている今ならば……〉
グレゴリーの姿をした触手は、ジャックへと何事か言い笑った。カインはナナの姿をした女の子を抱き抱えてジャックへと何事か叫んでいた。
ナナはグレゴリーの姿に、身体に刻まれた痛み、辱め、屈辱が一気に体中を駆け巡るのを感じた。ナナの半身が傍にあるせいだろう。記憶が一気になだれ込んでこようとしている。それはまるで凍りついた蛇が身体中を這っているように感じ、恐怖に跪いた。
〈怖い……怖い……イヤ! この男はイヤ! ここはイヤ!〉
顔を上げると、グレゴリーの身体にジャックが斬りつけるのを見た。
そして、服を溶かされ、精気を吸われてグッタリしているナナの裸体をカインが飛び上がって抱きとめた。間一髪でもう一人のナナはグレゴリーの口に入らずに済んだ。
グレゴリーの身体から黒い霧が噴き出し、あたりを包み込んでいく。
〈あ、あれは……〉
「父さん! クッ! なんだよコレ!」
「す、吸うな! カイン! これは魔術の毒だ!」
すでに吸ってしまったジャックは、這いながら外へと向かう。内部から焼かれるような痛みに狂い呻いた。
「ウグッ……グァアアアア!」
「父さん!」
「に、逃げろ……早く……」
目の端にナナを捉えると叫んだ。
「頼む! カ、カインを……グガァッ」
這いずるジャックの背にグレゴリーは触手の一本を打ち込み、黒い霧を注入していく。ジャックの身体が寒さに悶えるように震え始め、同時に身体中を焼かれているような痛みに身もだえた。
ナナはわななく脚を叱りつけるように叩いて立ち上がり、杖で宙を飛んだ。カインの身体に半ば体当たりするかのように入ってきた大口へと飛び上がった。
「と、父さん! 助ける! 絶対助けるから!」
カインの言葉は肉壁に阻まれるように掻き消えた。ジャックだけは逃がすまいと、大口が閉ざされ始める。
後に残され、這い進むジャックを見下ろしながら、グレゴリーは悪魔のような笑みを浮かべた。
うずくまったジャックはベルトに忍ばせている指先ほどの小袋を取り出した。
『オ前は狼男カ……食うノは初めてだが、どンな味がすルのカ楽しみだァ』
ジャックの頭を掴み、ナイフとフォークを模した腕が生えてきて、ジャックの肩をまずはフォークが突き刺した。
次にステーキを切り分けるようにナイフをジャックの肩で滑らせると痛みに喘いだ。
「グッガァアア……フックククク」
ジャックは不敵に笑い、グレゴリーはその食事の手を止めた。
『なにガオかしい?』
「お前の噂は聞いているぞ? 子供を殺して食うんだってな?」
『ソウだ。まるデ子羊のように柔らかい肉は絶品だゾ』
グレゴリーは恍惚の笑みを浮かべ、脳の中で反芻するかのように舌なめずりをした。
「死んで当然の人間に容赦はしない。お前も刻んでやる」
思わず口をついて出たのは、教皇庁に所属するために闇の仕事を請け負っていた頃のセリフだった。ジャックは豚の腸で出来た小袋を牙で破き、黒い粉にルディのチカラで生まれる粘性のガスが詰まっているものを空気中に振りまいた。つまり、ガスと火薬。
「吹き飛ぶのは初めてかい? クセになるぜ」
ジャックは鋭い爪とククリを勢いよく打ち合わせて火花を散らせた。
黒い粉は火花にその身を焦がすと一気に燃え上がった。
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