第40話 光の柱
巨躯を駆るイカの姿になったグレゴリーは滑るように大地を這いずっていた。
ある香りに酷く引き寄せられている。まるで母乳のような、胎盤に戻る。そういう本能に近いのかもしれない。
もうすぐだ。海鳥がなにかを警戒するように騒がしく鳴いているのが聴こえる。
うるさい……うルさイ……。
そうだ。腹が減った。喰わせろ。早く……なんでもいい。喰わセろ。
グレゴリーは意識化で口をあんぐりと開けた。グレゴリーは飢えに苛まれていた。
腹が……減っタ。
グレゴリーは小さな人形を見つけた。二つの人形がこちらを見上げている。
グレゴリーは手を伸ばしてそれを掴んだ。
グレゴリーが体液に塗れた触手をうごめかせ、恐怖に打ちのめされた兵士が巻取られた。クルクルと回り、重たげな頭を傾げて触手を口である頭の下に潜り込ませた。
グレゴリーはグチャグチャと口を動かした。歯に挟まる肉片すら舌でこそげ取り喉奥へと滑り込ませていく。
足リなイ。
もっト。モっと欲シい。
喰わせろぉ!
グレゴリーは怒りに身体を震わせた。
『ウおぉォぉオオオオ!』
大地が震えるかのような雄叫びが辺り一体に波及していく。
「うわぁっ!」
「キャーッ!」
「うるせぇ!」
ビリー、ニーナ、ルディは耳を押さえた。
ガタガタと揺れる屋敷の扉を使った即席のイカダが地を滑るように滑走していく。ジャックがイカダを持ち上げ、その上に乗ったニーナがイカダを浮かせている。それにより大人数が乗るイカダは重さがほとんどないと言っていい。
ルディが苛立ちから言葉を荒らげる。
「あんの野郎っ! 待ちやがれぇ!」
苛立ちはジャック自身も同じだった。距離が徐々に縮まっているが追いつけない。肥大した両足は力強く地を蹴っているにも関わらずだ。見据える先では、まばらな兵士たちが次々に食べられていく。先程、口の中に放り込まれたのは門番をしていた嫌味な男だ。
クソっ! アンバーがいれば追いつけるのにとジャックは歯噛みして思った。
「父さん、先に行くわ!」
頭上から聴こえる声に委ねるように答えた。
「分かった」
ニーナがチカラを解くと、途端にズシリとイカダの重みが増す。まだリースと子供たちがその上に乗っていて揺らさぬよう気をつける。
ニーナは太ももに巻いている黒い皮ベルトから金属の棒手裏剣を出すと、フワリと浮かせて足を乗せた。
ニーナの橙色の髪が夜空を舞い、黒いセーラー服のスカートをはためかせて空を滑空し始める。
杖に跨ったナナが空を飛びながら追いつき、後ろに乗っているリンクスを代わりにイカダへと降ろす。
「すみません! お願いします!」
ナナとニーナは同等のスピードで飛んで行く。
ニーナは並走するナナを、下から上までジロジロと見て言った。
「……あんた、戦えるの?」
不敵な表情のニーナを見据えて、少し意地悪そうにナナは応じた。
「ふふふっ、どうかな?」
「……フンッ! 足だけは引っ張らないでよね!」
ニーナはさらに速度をあげた。強い意志が宿る橙色の瞳にチカラの光が灯る。
ニーナは眼下に散乱する兵士の死体が手にしている槍を浮かび上がらせて並走した。
クラーケンの巨体を押し進める触手へ、数本の槍を向けて放った。
槍は触手を掘り進めるように貫通すると地面に刺さった。
だが槍は、巨体を縫い付ける程の強度もなくすぐに折れてしまった。
そこら中に転がる槍を次々と浮かび上がらせ、雨のように降らせていく。
なンだ? うっとオしイ。
グレゴリーの意識化でその身に降りかかる火の粉を払うと、呼応するかのように太い触手が縦横無尽に暴れ回った。
グレゴリーの数多の触手が進行を止め、のたうち回り、地面を打ち、建物をこそぎ落とした。グレゴリーは満足気に海へと身を落としていく。
ナナはその間、空気抵抗の少ない地面を滑るように滑空し、杖を巧みに操って先回りをした。その姿に港に展開している兵士の一人が思わず口にする。
「ま、魔女だ……魔女が出たぞー! 伝承は間違ってなかった! 魔女が化け物を操ってるんだ!」
ナナはその様子を見下ろし、胸を痛めた。弱気になる気持ちを振り払うかのように空中で身を翻してグレゴリーを見据える。
ナナは杖をギュッと握りしめ、意識を集中させていく。
ゴクリと喉を鳴らし、堅く引き結んでいた唇が呪文を唱え始めた。その呪文はくぐもり、まるで術士自身にしか聴こえないように不思議な言語をがなり立てる。
すると杖の先が広がり、一定のリズムの波動を生み始める。
下を向いていた管が閉じると柄の先先端にある宝石が口を広げていく。来たるべき衝撃に備えて勢い良く風を吹き出し始めた。
ナナは目を瞑り集中する。髪の毛がうなじから逆立ち始めた。
大気が逆巻くように一点に収束していくと、チリチリと焼き付くような音が鳴り響く。
先の広がった姿になった杖が、甲高い唸り声をあげる。
ナナは鋭く息を吐き出し、また大きく吸い、願うように唱えた。
「お願い! 貫いて!
杖の開かれた開口部から、限界まで圧縮された空気が魔力を帯びて一気に解放されると、クラーケンの元へと眩いばかりの光線となって一直線に伸びた。
ニーナの降らせる槍の雨に気を取られていたクラーケンは頭上から伸びる光の柱に撃ち貫かれた。
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