第25話 希望の灯火
「なあ、火持ってないか?」
「はっ?」
ルディは歯をむき出して言った。
「火ぃだよぉ! 火ぃ! おれのチカラならここから出れるかもしれないんだ」
歯をむき出している猿に見えたリンクスは苦笑して言った。
「ぁぷっ……いや、生憎だがそんなものはないよ」
「はぁあ、やっぱないかぁ、まずったなぁ」
ルディは自分が武器を持ってないことに肩を落とした。
頭の後ろ手に組んで、石造りと漆喰の牢屋を眺めながらルディは明るく言った。
「まっ! お前を見つけることには成功したんだ。作戦は成功! ラッキーってなもんだ!」
リンクスはそう言って笑う腫れた顔のルディを見て顔を赤くした。
「後はどうやってここから出るかなんだがなぁ。ふーむ」
ルディは腕を組み、目を瞑って考えていた。次第に眉根を寄せ始め赤い顔になっていく。吹き出すように言った。
「ブハッ! あぶねえ! 息止めてた! やっぱり思いつかねぇや。とりあえず休むか」
ルディは藁の上に寝転ぶとパンツの中に手を突っ込んで尻をかいた。その様は完全なる猿だ。
「しっかし、しこたま殴ってくれやがって腹立つなぁほんと。おぉ痛ぇ、後で覚えてやがれ」
思い出してムシャクシャしてきたルディは足元に転がる石ころを寝転んだまま蹴飛ばした。それが牢の格子に当たるとパッと光が飛んだように見えた。
ルディはガバッと起き上がると、石ころに飛びついて大笑いを始めた。
「うひゃひゃひゃ! おい! リンクス! 喜べ! こいつは
リンクスは頭の上にクエスチョンマークを浮かべて頭を傾げた。
ルディは寝転んでいた藁を一箇所に集め始めると、その上でガチガチと指先程の火打ち石と牢屋の鉄とを打ち合わせた。
しばらく様子を見ていたリンクスは、そばにしゃがんでルディの手に自分の手を這わせた。
驚いたルディはリンクスを見上げた。
「やるよ」
ルディは爪を剥がされ、ボロボロになっているリンクスの手に石ころを二つ渡した。
「いいか?」
「ああ」
ルディは藁を両手で包むように持ち、チカラを使って藁束とチカラの本質であるガスとを合わせるかのように包み込んだ。
リンクスが石ころと牢とを打ちつけ始めると、薄暗い牢屋の中に希望を灯す鐘の音が響き渡った。
***
「火がついた! げっへっへっへ~! これであいつらギッタンギッタンにしてやれるぜ!」
小さな火花が弾け、ルディのチカラの作用で燃え上がる。その火の塊を大事そうにコネ、両手で包み込みながら憤った。
「ルディ、やっぱりダメだ」
「なんでだよ?」
「敵うわけがないんだ」
「この屋敷にいる兵士や使用人たちが死人なのには気付いているのか?」
「……ゾンビみたいなか?」
「そうだけど、そうじゃないんだ。“魔女”が言うには、“呪詛の奴隷”って言うらしい。死ねないし、逆らうことも出来なくなる。その術でジミーとピーターは、今も外で盗みや殺しをさせられているんだぞ」
「はぁ? なんだそりゃ?」
「その上、グレゴリーは魔女の術でこの世界にモンスターを呼び出すつもりなんだ」
「モンスター?」
ルディはトラキアへと向かう乗合馬車で来る途中に見た、深い獰猛さを惜しげも無く見せている一匹のキラーサーベルを思い出す。
リンクスはその考えを見透かすように言った。
「一体や二体じゃない、世界中にだ」
「なんで?」
「分からないけど……もしかしたら、魔王にでもなるつもりなのかも」
「はぁ? 魔王? 絵本とかに出てくるような奴か? そんなこと本当に出来んのか?」
リンクスは困ったように眉をへの字に曲げて笑った。
「でも、モンスターを呼び出す事は出来ているよ」
リンクスはこの目で見たんだと言いたげに自分の失った目を親指で指した。
「なんのために目を盗られたか、見て分かったんだ」
ルディは真顔になり、続きを促すように待った。
「……生贄だよ。魔女が奪った目に呪いをかけ、その目が魔界を見透す。それが“歪み”を生むんだ。奴らは“ゲート”って呼んでたけど、その生と死の狭間にある、恐怖に彩られた目が見ているものがこの世に呼び出されるらしい」
「それが……えっと、“ゲート”?」
「そうさ、実際に見たんだ。モンスターが“ゲート”から出てくる所も。……『フリースタイル』のみんなの身体や目玉を使って」
「……ふぅん。面白そうじゃん。この屋敷にはその目玉があるんだろう?」
呆気にとられてリンクスは思わず頷いてしまった。そして後悔した。久しく忘れていたのだ。ルディ・リンという男がどんな男なのかを。
「あ……いや、待て!」
「そんじゃあ、こうすればいいんだよ!」
ルディはリンクスの制止も聞かずに、牢屋を形作る漆喰の壁に火の玉を投げ放った。
爆発音が響いて粉塵が舞う。漆喰の壁に子供の背丈と同等の穴がポッカリと空いた。
「ゲホッゲホ……ルディ! 待て!」
ルディは怒っていた。リンクスの目を、ジミーとピーターの生命を奪った。そのグレゴリーってやつに落とし前ってもんをつけさせてやる。
***
「おい! よせって! 早く逃げようって!」
「やだね!」
ルディは屋敷の大きな扉を蹴り開けた。
「やいやいやいやい!」
床には赤い絨毯が敷かれ、まるで大魔王の謁見の間だ。ここに来たのは本日二度目。
「誰だ?」
天井にぶら下がるシャンデリアには、火が灯されていて、部屋全体が見て取れる。
大きな暖炉には金の燭台と共に厚みのある古い本が所狭しと並んでいる。
その前には、絢爛豪華な金の装飾だらけの食卓テーブルの前に男が腰掛けている。皿の上には目玉や耳が盛り付けられ、土気色のソースがかけられている。その料理とは呼べないものが甘い臭いを放っていた。
大きな頭、それと同じくらい大きな身体の男だ。大きな目、たらこ唇で、それが顔いっぱいに広がっている。鼻は小さくてほとんど見えない。まるで幼児の書いたカエルの絵だ。
「なんだ貴様らは?」
「……なんだこのカエルは? おいリンクス、グレゴリーってのはどこにいるんだよ?」
リンクスは狼狽え、カエル男を指さした。
「はあ? こいつがグレゴリー?」
「なんだ貴様ら?」
「ブッサイクなカエルだな。しかも潰れてんじゃねぇか。おい、空気入れて膨らませてやろうか?」
グレゴリーは顔を真っ赤に染め上げた。
「このクソガキが!」
「フンッ! カエルでもなんでもいいや! おい! お前を一発ぶん殴りに来てやったぞ!」
ルディは腕をブンブンと振り回した。そこでフリースタイル時代、二年も前の決めゼリフを言った。
「おれたちか? ふっふっふ。おれたちは! 大人を泣かせる大悪党! フリーすぎゃっ……す……だ!」
その場に冷徹な空気がどこからともなく吹き、過ぎ去っていく。
「とにかく! おまえを泣かせる!」
ルディはガツンと拳を打ち合わせた。
そして痛みに呻いた。火打ち指輪を持っていない事を忘れていた自分を、まず殴ってやりたいとルディは心底思った。
「曲者だ! 何してる!」
ルディとリンクスはすぐに駆けつけた青白い顔の兵士たちに取り囲まれてしまった。
その中でも、ルディをしこたま殴りつけた兵士と、血にまみれた前掛けを不気味な男が歩みでる。
「貴様ら、どうやって牢から出たんだ?」
リンクスはその前掛け男を見ると、ルディの後ろに隠れて小刻みに震え始める。
その震えを感じ取ると、ある直感が頭に響き渡る。
ルディはその場にゆっくりと立ち上がった。
「そうか……お前がリンクスの目ん玉取りやがったんだな?」
ルディは振り返り、リンクスに手を合わせるようやって見せた。
リンクスは頷き、片膝をその場について、ルディがやって見せたように合わせた手のひらを見せた。
ルディはリンクスの手のひらに片足を乗せて飛び上がった。シャンデリアに飛びついて燭台の火を手のひらへと移す。
着地したルディの赤みを帯びた瞳にチカラの影響で火が灯る。ルディは火の玉を練り上げるように二つに分けると、勝ち誇ったように言った。
「げっへっへっへぇ! お前にもぶち込んでやんよ!」
ルディの手のひらから放たれた火の玉はお互いに惹かれ合うように回転しながらグレゴリー目掛けて飛んだ。
グレゴリーは目の前の前掛けの男と兵士を掴んで引き寄せた。
瞬間、ぶつかった火の玉が大きく爆ぜた。
前掛けの男と兵士が火に巻かれて灰となって散った。飛び散った火が辺りを火の海へと変える。
ルディはすぐさま赤い絨毯に燃え移る火を拾い上げて手のひらに乗せる。
「逃げるぞ! リンクス!」
呆気にとられていたリンクスは遅れて後を追いかけた。
グレゴリーは真っ赤に染まっていた顔にさらに青筋を立て、口から泡が出るほどがなり立てる。
「なんのためにお前たちを生かしていると思っている! 今すぐ追えぇぇえええ!」
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