第16話 ジャックとカインの戯れ

 砂地の洞窟内から希少な動物たちがせまっ苦しい檻から出されると、逃げるようにこぞって去っていった。お礼はない。


 その後、捕まりやせ細っていた男や女たちがお互いの身体を支え合い、カイン達にお礼を述べると歩き去っていった。


 カイン達は武器や宝石類をありったけ持ち出し、洞窟から出てくると地面に置いた。


 同じく本来の姿形より痩せたであろう赤髪のベルメールは、手首の縛り痣を擦り、殴られたであろう頬を擦りあげて言った。


「それで? この子はあんたの子かい?」


 ジャックはチラリと修道服で女装しているカインを見、逡巡して言った。


「ああ、そうだ。俺の子だ」


 ジャックは言葉にするとむず痒さを感じたが、同時に誇らしさも感じた。


「ふーん、あんたが……ねぇ? それであの“曰く付きのリボルバー”を使ってるって訳かい。ふぅん、“切り裂き”ジャックも人の子だねぇ」


「おい、その呼び名は……」


 ベルメールは悪びれた様子もなく言った。


「ああ、悪い悪い。この二つ名が嫌いだったねぇ」


 ジャックは舌打ちをしてベルメールの身体を上から下まで、どこか寂しい顔を向けて言った。


「怪我はないのか?」


「ああ、何発かはもらっちまったがね」


 ベルメールは人を初めて撃ち、青い顔をしているカインを見て言った。


「んで、この子……魔女との子かい?」


「いいや」


 ジャックは瞬時に否定して言った。


「この子は“奇跡”を授かった子だ」


 それ以上は詮索するなとジャックはベルメールを睨みつける。


 カインはジャックのこんな姿を見たことがない。


 孤児院にいる時とあまりに違う。トラキアに来てからのジャックはどこかイライラして見える。それにしても、二つ名があるだけでも驚きだったが、“切り裂き”だって? 普通、二つ名なんてよっぽどの功績や悪行を重ねた者に付けられるあだ名のようなものではないのか? とカインは思っていた。


「まあいいさ。それで? どうして私を助けに来たんだい?」


「ふん、用があったのさ」


 ベルメールはジャックを値踏みするように見て、フンと鼻で笑い、手に持った拳銃を持ち上げて言う。


「こいつだろ?」


「ああ、そうだ」



 ***



 ジャックが乗ってきた馬の背に、宝石の入った布袋を二つ括りつけた。武器が入った布袋はカインの乗っていた馬の背だ。


 その間、ベルメールは洞窟の外に座り込んでしばらく考え事をしていたかと思うと、いつの間にか眠っていた。


 ジャックは欠損している腕に括り付けられたナイフが当たらないよう、眠っているベルメールに毛布をかけてやった。


 ようやく人を殺した罪悪感に苛まれていたカインは、顔色が良くなってくると言った。


「父さん? その人どうしたの?」


「安心……したんだろうな」


 そう言ったジャックがゴソゴソとローブの中で奇妙な動きを始めた。まるで操り人形が動いているようだ。


 カインは面白いのでしばらく黙って見ていた。


「……あ、あの、カインちゃん? これ脱がせてくれる?」


 ジャックは両腕を広げて括り付けられたナイフを見えるように片足を上げ、さあ、やってくれと言わんばかりにポーズを取った。


 修道女姿のカインは半目で呆れた顔を向けて言った。


「やだね」


 カインはベルメールの腕を自分の肩に回し、馬の所まで運ぼうと背負おうとした。


 カインが背負おうとしたり、抱えあげようとしばらく試行錯誤している間、ジャックはニマニマと意地の悪い笑みを浮かべてその様子を眺めていた。


 やがてカインが両手を腰に当て、息を弾ませて観念したようにジャックの方に近寄って行くと、ジャックはさあやってくれと再度同じポーズを取った。


 何やら腹の立つポーズだなと思いながらも、カインはジャックの両腕からナイフを外し、ジャックのボロボロのローブを掴むと、腰辺りから斜め上に向かって力任せに引っ張った。


「痛い痛いっ! ちょっ待っ……グビがじばるぅぅぅッ」


「あれ? おかしいな? 父さん首太くなったんじゃない?」


 カインはさらに力を込めた。


「ぅぐぐぐぐっ……ご、ごべんなざい」


 ふふんとカインは鼻で笑ってローブを一度下げると、今度はゆっくりと外してやった。


 自由になったジャックはお返しとばかりにカインの尻を蹴飛ばそうと追いかけた。


 散々じゃれ合い、しょんぼりとしたジャックはベルメールの頭側に回り込んで上半身を腕で抱えるように抱き上げ、カインが足を持ち上げた。


 馬の背に荷物と並べてベルメールを乗せ、宝石類や武器を馬のくらに括りつけたカイン達はその場を後にした。

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