第31話 消えゆく生命 2
……………カイ……ン……。
……………………カイン! 起きて!
覗き込むアンバーの顔が見える。頬に泥をつけて、今にも泣きだしそうな顔だ。カインは痛む頭を押さえて周囲を見回した。全身が酷く痛む。
なんだ? いったい何が起きた?
周囲の地面が抉れて露出している。アンバーはミカエルを抱いたまま、カインを揺すり起こし何故か慌てている。ミカエルが泣いている。耳がよく聞こえない。くぐもって聴こえているんだ。
傍にはルディがうつ伏せになっている。
まだ事態が呑み込めていないカインは額を押さえ、頭を振った。
徐々に頭がハッキリしてくる。
そ、そうだ!
あの時、アルノルトの口が光ったんだ。僕達は直撃を食らったはず。
いや……違う。そうだ。だんだん思い出してきた。あの死の閃光が走ったと思ったら、ミカエルがチカラを使って防いでくれたんだ。
それから……あれ? どうなったんだっけ?
――ほんの少し前。
ジャックは獣のように四本の脚で疾走して風を切る。
アルノルトの背中の乱列する管が、カウントダウンするかのようにどんどんと光を強めていく。
クソクソクソクソ!
嫌な予感が腹の底からせりあがってくるようだ。胃酸が逆流する。汗が噴き出す。
アルノルトが大口を開けた。
ジャックは大きく前方に跳躍し、アルノルトの大きな首筋の上から、ミカエルを間に挟み、カインとアンバーが抱きしめ合って恐怖にまみれた顔をしているのが見えた。
ジャックは叫んだ。
「やめろぉぉおおおお!」
アルノルトが光を発した。
アルノルトの牙の開ききっていない数本が一瞬で溶け、爆発的な広がりを見せた。それはアルノルトの大口とほぼ同等なほど大きい。
カインとアンバーは、あまりの熱量に思わず目を瞑った。
ミカエルはその大きな青い瞳に光を灯した。
瞬時に小さな青いひし形の盾が、亀の甲羅のように丸く出現した。前面だけの三層の分厚い盾。
一層目が蒸発するように瞬時に溶けた。
二層目が紫色の光の残りを受けて半壊し、ガタガタと震えたかと思うとガラスが破裂したような音を立てて消えた。
三層目に当たると、チカラの源であるミカエルの身体が衝撃で浮かんだ。刹那、カインはミカエルとアンバーを抱き込んで庇い、ルディの服を掴んで引き寄せた。
四人は団子になって地面を二十メートルは転がった。
アンバーがぶつけた頭を押さえると、ズキンと痛んだ。太ももやぶつけた肘の傷を、腕を引きつけるように覗いて確認した。幸い擦りむいただけのようだ。辺りを見回した。ミカエルは怖かったらしく大泣きしている。ミカエルを抱き上げ、倒れているカインを見つけると走り寄った。
「カイン!」
「カイン! 起きて!」
カインを強く揺すった。
ルディはうつ伏せで気を失ったままだ。
何が起きた?
くそ、頭を……ぶつけたか。
カインはふらつく頭を横に乱暴に振った。
「み、みんな怪我はないか?」
「ええ、大丈夫。あなたは平気なの?」
「ああ、ミカエルのおかげでね」
カインはアンバーからまだ泣いているミカエルを受け取り、抱きしめた。
よしよし、助かったよミカエル。
カインはハッとしてアルノルトの方を見た。
激しく転がされた分、遠く目に見える。
あれは?
父さんがアルノルトと戦っている。
クソ、援護しないと。
そうだ、拳銃! どこいった?
ジャックはアルノルトの大振りの右を避けた。
肘から上がなくなった腕は以前より素早く襲ってくる。
再生しきっていないままの左腕が、再生する際の血管だらけの無数の鞭になって襲ってくる。
骨だけになった右腕より遥かに早い。
複雑な風切り音を鳴らして振り下ろされた無数の鞭を、ジャックは右に飛んで避けた。
太い血管の鞭が地面を叩くと、無数にある血管の何本かがブチブチと音をたてて切れた。地面が抉れて無数の砂利と砂が襲ってきた。
ジャックの身体に大小の石が当たる。
ちぃ! 視界が!
ジャックは砂煙を払い、距離をとるように左右に地面を蹴った。
ジャックは巨大な首元を狙う、でかくなっても吸血鬼なんだ。首を切り落とし、心臓を貫けさえすれば……。
と、視線を上に移した。目の前に巨大な腕が迫っていた。
ジャックに右腕が当たり、地面にものすごい速さで叩きつけられた。
右の肺が潰れ、血を吐いた。
アルノルトは欠損した肘を地面に突き刺し、前方に視線を移すと地面を這った。半身を失った身体は、以前より軽く、這いずる速度が早い。
「カイン! 逃げないとまずいよ! あいつこっちに向かってくる!」
カインは身体を鞭打つように立ち上がろうとしたが、足首に激痛が走った。
「う、うわ! あ、足が!」
カインの足首は折れて、あらぬ方向へと曲がっていた。まるでミカエルが抱いて寝ている布人形のように反対を向いている。
「あぁぁ!」
カインは足を押さえてうずくまった。
アルノルトのぼんやりとした意識化で、目の前をちょろちょろと飛び回る虫をようやく叩き潰した。アルノルトはカインを求めた。しぶとい虫にトドメを刺そうと腕を振り上げる。
邪魔だ。
ジャックはめり込んだ地面からはい出そうとした。
アルノルトの振り上げられた左腕の血管鞭がジャックに降りかかる。
シャオの撃った銃弾が、アルノルトの頭部のこめかみを砕いた。
目標を逸れた腕が、這い出したばかりのジャックの左腕を捉えた。ジャックの左腕は千切れ飛んだ。
ジャックは激痛に叫ぶ。
アルノルトのぼんやりとした意識化で、目の前をちょろちょろと飛び回る虫をようやく叩き潰した。アルノルトはカインを求めた。しぶとい虫にトドメを刺そうと腕を振り上げる。
邪魔だ。
血管鞭が地面にぶつかる手前で止まり、徐々に動きを遅くする。何か見えないものが押し返そうとしている。
ニーナはジャックが潰される寸前、アルノルトから離れた木のそばで、見えない重いものを持ち上げるかのように頭の上に両手を上げている。チカラで腕を止めているのだ。
「っくうぅ! マリア! ビリー! は、早く……」
ニーナの後ろでは意識が回せなくなったシスターがドサリと地面に落ちる。ごめんシスター。
マリアは疾走し、叫んで飛び上がると抜き放った剣を振り下ろした。
アルノルトの血管の半分が切り落とされて、半分がぶら下がり、自重に耐えきれない腕が血管を引きちぎって地面に落ちた。
ニーナの鼻から再び血が流れ落ちる。
「も、もう……」
ドサリとニーナは倒れ込んだ。
ジャックの残っている右腕を背負うように肩を貸しているビリーが、ニーナを見て叫んだ。
「ニーナァ!」
「お、俺は大丈夫だ……ビリー、行ってやってくれ」
ジャックはビリーの背中を押した。
ビリーはニーナの方へ走り寄り、ニーナの腕を背負って腰を抱えるように走った。
マリアはシスターの元へ走り、シスターの黒々とした人型の繭を肩に背負った。
「お、俺はここだぞ! アルノルト! 憎いのは俺だろう!」
アルノルトは両手を振り上げた。
ジャックは迎え撃つようにふらつく身体で腰のククリを抜いた。
出血がひどい。さすがに失った血液までは治らん。クラクラしやがる。
だが、負けるか!
後ろには、”俺の”子供たちがいるんだ!
ジャックは怒りに吠え、目に金色の光を宿し、振り下ろされた両手をかいくぐり飛び上がった。アルノルトの腕を蹴り、左右の腕の間を縫うように飛んで首に迫る。
力任せの一刀。
ククリが喉仏に食い込んで止まった。
クソ! 骨が分厚い! 刃が届かない!
ならば、と刺さったククリにぶら下がって身体を捻った。
下方から、半分ほどになった左腕の鞭がジャックを襲う。
身を翻し、ククリで斬りつけながら編み目状の隙間を素早く潜り抜けた。
左腕の鞭は自身の顔面を鞭打った。
顔面の骨にヒビが入るのも構わず、ジャックを追従する。
地面に到達すると、ジャックは低く構え、ククリを口に咥えて四つ足で走った。
アルノルトの胸の溶けた牙をするりと抜けると、大きな空間に出た。太い血管が上下を走り、その先にある心の臓に迫っていく。
この脈動すらしていない心臓が吸血鬼のもう一つの弱点だ。
ジャックはククリを握りしめて飛んだ。勢いをつけ、身体を大きく捻った全力の一撃。横薙ぎにククリを振り抜いた。……つもりだった。
心臓が断ち切れない。
刃は心臓の手前で何かに阻まれるようにピタリと止まっている。
心臓の周りを紫色のオーラが包み守っている。まるで紫色の宝石のようにも見えるほどだ。そのオーラの中にアンバーが放った燻る矢が突き刺さっている。
その心臓の奥にアルノルトの姿が薄っすら見てとれる。胸から上以外は腐食した肉の中に埋まって、眠っているかのようにも見える。
その心臓から、アルノルトの本来のチカラでもある見えない腕が二本生えていた。以前とは違い、今では濃い紫色のオーラに包まれてハッキリと見える。
その他にも頭上や足元の肉壁から腐った、赤黒い腕の様なものが無数に生え、ジャックに襲いかかってきた。
ジャックは肩で息をしながら、迎えうつように腐った腕を片っ端から切り落としていく。
ジャックは大きく息を吸い込んで、血走った目に光を灯す。
アルノルトの紫色の腕が左右に伸びて握り潰そうと迫ってくる。
ククリを腰に当てるように構え、大きく踏み込み、上半身を限界まで捻って力を溜める。右腕の筋力を限界まで膨張させ、雄叫びと共にククリを一閃。
向かってくる紫色の腕ごとアルノルトの心臓を狙った。
紫色の腕を断ち切った刃が心臓の直前で止まる。
紫色の腕のもう一本が、ジャックの頭を鷲掴んで力を込めていく。ミシミシと頭蓋が悲鳴をあげる。と、同時に肉床から腐った赤黒い腕が再び生えてきて、腕や足を押さえつけるようにジャックの身体を掴む。
ジャックは構わず刃を振りぬこうとするが、心臓の表面の紫色のオーラをガリガリと削りながらククリの刃先が表面を滑り始める。紫色のオーラが分厚すぎるんだ。
ジャックの頭を掴んでいる紫色の腕をククリの柄で弾き、振り払うように、ジャックはその場で回転して無数の腕を切り刻む。
思い出の中のシスターの姿が、痛めた脳裏に去来する。そのどれもがシスターの笑顔だ。
膝をつき、牙を剥き出して静かに唸り、アルノルトの心臓を睨みつける。
諦めるな! 諦めるんじゃない! 子供たちが待ってる! 絶対に諦めるな! まだだ!
再び頭を握り潰そうと、紫色の腕が蛇のようにうねりながら向かって来る。ジャックはその場から大きく後方に飛んだ。目指すは出口。口惜しいがこのままじゃだめだ。なにか、なにか方法はないか……? これに打ち勝つための方法が。
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