第21話 怪物ウポウル

 ゴオォォォォォ!


 ジャック達は巨体のウポウルが放つ炎に追われていた。


「そらぁあ!」


 ルディが火の玉を投げつける。


 ウポウルが吐いた炎とルディの火の玉がぶつかり合い、周辺を火の海にしていた。


「うわっ! みんな! 離れるぞ! ここにいると危ない!」


 ジャックは背中に気を失ったアンバーを背負い走っていた。アンバーは額から血を流している。ウポウルとルディが火をぶつけ合う中、こっそり探し、そこから急いで離れている所なのだ。


 ジャックはほとんど無くなった天井を見上げ、瓦礫の合間からチラリと夜空を見た。……もう少し。


 カビが焼け、そこら中がむせ返るような匂いに包まれていた。


 アルノルトは祭壇のシスターの傍に立ち、飛んでくる火の粉を透明なチカラの奔流を振るい遠ざけていた。


 アルノルトは赤い刃のナイフを祭壇の魔法陣の脇に置いて、瓶に詰めた血をナイフに垂らした。呟くように呪言を唱え始める。ナイフを伝い、祭壇に落ちた血は脈動しながら祭壇に彫られた紋様をなぞって流れていく。


 懐かしいな……。ああ……。そうだ。懐かしいんだ。


 シスターの首から下げた十字架の淡い光が弱り始めていた。



 ***



「お待たせっ!」


 ニーナとビリーがジャック達と合流する。


「なんスかありゃ? まるで怪獣っスね」


 ウポウルを見ながら言ったビリーは、チラリとニーナの機嫌を盗み見た。


 ニーナとビリーは目が交わると、フンっとニーナがそっぽを向いた。


 ……なにかケンカするような事が起きた事をみんなが察した。まあ、いつもの事だが。とジャックは思った。


 カインはマリアを背負い、ヨタヨタと重たそうに歩いて来た。


「みんな、無事みたいだね」


 カインは疲れた顔を浮かべてマリアを降ろすと言った。


「あー重かった……」


 カインは腰を伸ばし、老人のようにトントンと叩いた。


 マリアはカインの尻を蹴飛ばした。


「んなっ! 何すんだよ!」


 フンっとマリアは腕を組んでそっぽを向いた。


 男ったらほんとバカなんだから。


 ……こちらもなにかあったみたいだ。やれやれと思いながらも、ジャックは痛む腕を引きずるように立ち上がった。


「さあ、みんな、後はあの怪物と、アルノルトだけだ」


「みんな、もう少しだけ手を貸してくれるか?」


「愚問ね!」


 ニーナは胸を張って言った。マリアは頷いて後を引き取るように言った。


「私たちはシスターを連れ戻すのと、吸血鬼を退治しに来たのよ」


 ふふっと笑ってマリアは続ける。


「私のチカラも目覚めた事だしね」


 この言葉には一同が戦っている真っ最中だと言うことも忘れて、笑って口々に祝福した。


「おめでとう! どんなチカラなのですか?」


「おめでとっス! それはすごいっスね!」


「私と勝負なさいっ!」


 ニーナはビシッとマリアを指さす。


 マリアは苦笑して言った。


「ニーナ、私のチカラはどうやら傷つけるチカラではなくて、癒すチカラみたいなの」


「なによっ! つまんないわねっ!」


 マリアは再び苦笑した。ジャックの紫色に腫れている腕とアンバーの血の出ている額にそっと手を当て、マリアはズキズキと痛む頭を歯を食いしばって耐えてチカラを使う。


「でも、みんなの事を助ける事が出来るようになったの」


 マリアの手が緑色の光に包まれ、フワリとポニーテールが波間に揺れ始める。


 ジャックの折れた腕と、アンバーの額から大小様々な泡がホワホワ出てきては空中で割れる。マリアの頭痛が酷くなり、マリアの形のいい鼻から赤い筋が垂れ始める。過呼吸のような荒い呼吸になると、ふっとチカラの流れが止まり、マリアはペタンと尻をついた。


「ごめんなさい。これ以上は……」


「いや、腕が治ったみたいだ。ありがとうマリア。君のチカラは君に似て優しいチカラだね」


 ジャックはハンカチを出して、マリアの鼻の血を押さえてやった。


 マリアはジャックに微笑んだ。血の繋がりはないが、段々とシスター・リースに似てきたなとジャックは思った。そういうものなのかもしれない。娘は母親に似るのだと。


 ルディがこちらへ走ってくるのが見える。


「はあはあ……たす、助けてくれ~」


「ふふんっ! 情けないわね! 行くわよ! ビリー!」


「えぇ? 僕もっスか?」


「なによっ! 文句でもあんの?」


「ないっス! 行きますよ! ああもうヤケクソっスよ!」


 ニーナとビリーはルディの方に走っていった。


「僕も行くよ、父さん」


 カインは二人の後を追いかける。


 ジャックは猟銃に弾を込め始めた。ようやく腕が動く。


「シャオ、ミカエルを頼めるか?」


「はい! 任せてください!」


 シャオは疲れて眠っているミカエルをおぶさり、おんぶ紐が緩んで落ちないようにロープで固定してやる。


「ごめんね。少しの間我慢してねミカエル」


 ジャックは戦況をつぶさに見る


 ルディはウポウルが炎を吐こうとすると火の玉でそれを破裂させていく。あれでは長くは持たないが、今はニーナとビリーが向かっている。あの三人は特に強い。だが、まだ子供だ。もしかしたら、もうすぐチカラの使い過ぎでやられてしまうかもしれない。


 対してこっちは、覚醒したばかりのチカラの反動で動けないマリア。今は鼻血を止めるためと静養のために寝転がっている。熱が高いのか白い頬が赤く蒸気している。呼吸も荒い。


 シャオは非戦闘系のチカラだし、このままだと弓も撃てない。シャオの背中で寝ているミカエルもそうだ。ジャックはミカエルの額に手を当てる。熱は高くないが、無理はさせられない。


 アンバーは恐らく頭を打って気を失っていたのだろう。尚更動かすわけにはいかない。


 アルノルトが祭壇に呪言を唱えているのが見えた。紫色の不気味な光がアルノルトを包んでいる。


 ジャックは全てを賭ける決心がついた。

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